誓願寺(2)片桐且元の墓

誓願寺の本堂左手に進むと、片桐且元夫妻の墓があります。
 
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且元は、「賤ヶ岳七本槍」の一人で、幼い豊臣秀頼の補佐役でした。
慶長19年(1614年)「方広寺鐘銘事件」の釈明のためやって来ましたが、駿府に入ることを許されず、この誓願寺に滞在しました。
 
徳川家康は、この時且元に合わず、代わりに本多正純・金地院崇伝にこの件を責めさせ、目的を果たせず、大阪に戻った且元は、豊臣方から裏切り者扱いされ、大阪城を退去しました。
大坂冬の陣には徳川方として参陣、翌年の夏の陣では,大坂城落城に際して淀君,秀頼の助命を家康に懇願しましたが、聞き入れられず、元和元年(1615)京都で生涯を閉じました。
 
片桐且元公夫妻の墓
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向かって左が且元の墓です。
 
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墓石には、且元の子孫で、茶人・作庭家であった石州の銘があります。
また、本堂裏のひょうたん池のある庭園は、石州の作庭した庭と伝えられています。

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誓願寺(1)源頼朝が創建した誓願寺

静岡市駿河区丸子の誓願寺(せいがんじ)は、建久年間(1190〜1192年)に源頼朝が両親の追善供養のために創建したお寺です。
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しかし、天文年間(1532~1555年)の丸子城の戦火で類焼。
 
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元禄11年(1568年)駿府に進出した武田信玄がこれを惜しんで再建したものです。
 
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源頼朝ゆかりの油山寺(6)御霊杉

御霊杉
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弘法大師所縁の霊木で、天然記念物に指定されています。

伝説には、お大師様が油山寺にご掛錫のみぎり貧しき村民の幼子が病で命を落とさんとしているのを、法力を持って助け、その両親がお礼に夫が松、妻が杉でいちぜんの箸を作り、お大師様の食膳にささげられたそうです。

その松と杉でできた箸を、お大師様は旅立ちに際し人の真心の尊さを説くものとしてこの地に挿したところ、不思議と箸より芽が出て幹が松、枝葉が杉の霊木となったということです。

天狗杉
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樹齢1100年の天狗杉の根です。

当山守護神・軍善坊大権現(足腰の神)所縁の霊木です。

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