2019年7月18日 (木)

頼朝の愛した新居町(5)浜名橋跡

浜名橋跡

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浜名湖の出口には浜名川があり、ここに架かる浜名橋は歌に詠まれるほど有名で、平安時代には、宇治橋(宇治川)、瀬田橋(琵琶湖)、山崎橋(淀川)とならんで、四大橋の一つと称されました。

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今切口ができる前の浜名湖は淡水湖で、浜名湖から太平洋に浜名川が流れ、そこには浜名橋が架けられていました。
 しかし浜名川は災害により何度も流路が変わり、橋の場所も移動して架け替えられました。口伝によれば、浜名橋の跡地がこの辺りとも言われています。
 平安時代の浜名橋の規模は長さ一六七メートル、幅四メートル、高さ五メートルほどであり、当時としては大きな橋でした。浜名橋付近は風光明媚な景勝地として知られ、東海道を往来した旅人の日記や和歌にしばしば登場しています。
   平成30年6月  湖西市教育委員会

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2019年7月11日 (木)

熊野の長藤2019(5)能舞台でのイベント

熊野の長藤まつり開催中、能舞台でもイベントが行われます。

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なんとこちらはフラダンス!

常磐ハワイアンセンターかと思いました(^_^;

長藤とは関係なくても、観客が楽しんでいれば何でもありですね!

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2019年6月30日 (日)

頼朝の愛した新居町(4)風炉の井戸

お城風の造りの湖西市消防署の前を通って進んでいくと、民家の一角に、風炉の井戸という史跡があります。

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風炉の井

この石積井戸は、深さ2m、口径は最大1.8mあり、以前はもっと深かった。

言い伝えによると、建久元年(1190年)源頼朝が上洛のおり、橋本宿に宿泊した時にこの井戸水を茶の湯に用いたとされる。

平成二十二年三月 湖西市教育委員会

 

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