2026年1月31日 (土)

修善寺の旅(1)源範頼、頼家が幽閉された修禅寺

修善寺温泉街の中心にある修禅寺

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地名は「修善寺」ですが、寺名は「修禅寺」と表記が異なります。

807年(大同2年)に空海が創建したと伝えられています。

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当時は周辺の地名が桂谷であったことから、桂谷山寺と言われていましたが、鎌倉時代初期には修禅寺の名称が定着し、寺領も修禅寺と呼ばれるようになりました。

手水舎から出ているのは温泉です。

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現在の本堂は1883年(明治16年)に再建したもの。

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岡本綺堂の「修禅寺物語」の舞台、また、源頼朝の弟の源範頼と、頼朝の息子で鎌倉幕府2代将軍の源頼家が当寺に幽閉され、その後この地で殺害された寺としても知られています。

但し、範頼に関しては殺害を裏付ける史料が残っていないことや子孫が御家人として残っているということから生存説が伝わっています。

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修禅寺
 修善寺温泉発祥の寺で、平安初期の大同2年(807年)弘法大師が開基したもので、当時は地名が桂谷と呼ばれていたところから「桂谷山寺」と言われ、伊豆国禅院一千束と正史に記されたほどの格式の高い寺であった。
 鎌倉初期になって建長年間(1250年頃)に蘭渓道隆(臨済宗鎌倉建長寺開山の宋禅僧)が住し、桂谷の風致が支那の廬山に似ていることから「肖廬山」と号した。
 南北朝時代の康安元年(1361年)に畠山国清と足利基氏との戦禍を受け、応永9年(1401年)には火災を蒙り、伽藍を全焼して寺は荒廃し衰退した。
 その後、延徳元年(1489年)に至り、韮山城主の北条早雲が再興し、叔父の隆渓繁紹禅師が住して曹洞宗に改宗だれ山号も「福地山」と改められ今日に至っている。
   伊豆市

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訪ねたのは4月下旬、美しい新緑に包まれた境内が出迎えてくれました。

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2026年1月20日 (火)

応声教院

応声教院(おうしょうきょういん)は、斉衡2年(855)勅願により円仁が創建したとされています。

承安5年(1175)法然が浄土宗に改め、法然の師である皇円の菩提をこの寺で弔ったと伝えられています。

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この山門は、もとは徳川秀忠が母・於愛の方(西郷局)の菩提を弔うため、寛永3年(1626)に静岡市常盤町の宝台院の山門として築造された大門でした。

大正4年(1915)に応声教院が譲り受け、大正7年(1918)に応声教院に移築されました。

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寺院の八脚門は側面を2間とするのが通例ですが、この門は側面を1間とし、太い角柱上に冠木を渡し、軒の出を腕木で支えるなど、城門に近い構造となっており、国重要文化財に指定されています。

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桃山時代の上品な雰囲気が漂う切妻造、本瓦葺八脚門で、東海第一の山門と呼ばれています。(菊川市HP、応声教院参照)

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日本に只一つ純金銀が鋳込まれている銘梵鐘と鐘楼堂
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梵鐘の阿闍梨大龍の両眼には純金の指輪、爪と牙には純銀が鋳込まれているそうです。

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なんでカエルの像が?(゚Д゚)と思ったら・・・

参拝者を迎えるカエルの像
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「心からお六蛙(むかえ)しています」

参拝者を送るカエルの像
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「お気をつけてお蛙(かえ)りください」

ということだそうです(^0^;)

本堂
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この時本堂はあいにく修復中でした(;O;)

菊川在住の友人が、修復前の画像を送ってくれました。

2017年の本堂
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2022年の本堂
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(本堂の画像提供:葵 北風)

愛染明王堂
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大師堂
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2026年1月10日 (土)

熊谷直実袈裟掛けの松跡と遠州七不思議「片葉の葦」

2023年の秋、静岡県の菊川を訪ねました。

菊川駅前で、レンタサイクルを借り、応声教院(おうしょうきょういん)へ。

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駅かから約4.8キロ、20分ほどで到着。

参道の彼岸花が見頃を迎えていました。

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参道前には、熊谷直実袈裟掛けの松跡遠州七不思議のひとつ「片葉の葦」の碑があります。

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袈裟掛けの松は、直実が法然の師匠にあたる皇円阿闍梨ゆかりの応声教院へ立ち寄る際に袈裟を掛けた松です。

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熊谷直実が法然ゆかりの当院を訪れた時、法然上人から授けられた「袈裟」を松の枝(袈裟掛けの松)に掛け、下の小池で手を清めました。この時、袈裟に触れた葦が、念仏の功徳に感じて片葉が伸びなくなったと言われています。また、一説には、繋いでおいた直実の馬が片側の葉を食べてから、片葉の葦になったとも言われています。(応声教院HPより)

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