2024年7月19日 (金)

建長寺に伝わる梶原景時の伝説

鎌倉の建長寺では、梶原景時の亡霊が施餓鬼供養に遅れてやってきたという伝説が残されています。

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毎年、景時のために7月15日、山門にて午前8時に国宝の梵鐘が撞かれ、「三門施餓鬼」と「梶原施餓鬼」が続けて行われています。

 

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2024年7月 9日 (火)

鎌倉の勝長寿院と源義朝の主従供養塔

源頼朝は治承4年(1180年)8月に挙兵し、10月6日、かつて父・義朝と兄・義平の住んだ鎌倉へ入り、大倉の地に大倉御所を構えて鎌倉の政治の拠点としました。

また鎌倉に三大寺と呼ばれる鶴岡八幡宮(寺)、勝長寿院、永福寺を建立しました。

その一つの勝長寿院は、頼朝が父・源義朝の菩提を弔うために大御堂ヶ谷の地(鎌倉市雪ノ下)に1185年に建てた寺で、大御堂、南御堂とも呼ばれました。

文治元年(1185年)9月3日、義朝の遺骨と政清の首は南御堂の地に埋葬され、同年10月に堂舎が完成し、盛大に落慶供養が行われました。

勝長寿院は源氏との関係が強く、三代将軍・源実朝も暗殺後、勝長寿院の傍らに葬られました。
その後、火災と再建を繰り返し、結局廃寺となってしまいました。

昭和に入り、源義朝公主従供養塔再建委員会が設立され、昭和59年、勝長寿院跡地に「勝長寿院跡」の碑と供養塔が建立されました。

当時、勝長寿院は、本堂、五仏堂、三重塔などの伽藍からなる大寺院でしたが、現在はその面影はなく、住宅地の間にひっそりと石碑が残るのみです。

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勝長寿院と源義朝主従の供養塔

 文治元年(1185)、源頼朝は父・義朝の菩提を弔うため、この地に勝長寿院を建立し、同年九月三日、義朝と郎等・鎌田正清(政家)の頚を埋葬しました。
 石碑の背後の五輪塔は、主従の供養のため源義朝公主従供養塔再建委員会(代表・鎌田丙午氏)の方々の御厚意により建てられたものです。勝長寿寿院には、定朝作の本尊・金色阿弥陀仏像を始め、運慶作の五大尊像などが安置され、壁画に彩られた阿弥陀堂、五仏堂、法華堂、三重の宝塔などの荘厳な伽藍が立ち並んでいました。
 鎌倉幕府滅亡後も足利氏によって護持されましたが、十六世紀頃に廃絶したと思われます。ここに集められた礎石は工事等で出土したものですが、柱を据えるための整形跡や火災で焼けた痕跡が認められ、勝長寿院の歴史を語る貴重な遺物です。

 平成八年三月六日 鎌倉教育委員会
 源義朝公主従供養塔再建委員会の協力により之れを建てる。

碑文
院は文治元年(1185) 源頼朝の先考(亡父)義朝を祀らんが為に草創する所 一(いつ)に南御堂(みなみみどう)又大御堂(おおみどう)と言う 此の地を大御堂が谷(やつ)と言うは是が為なり 実朝及び政子も亦(また)此の地に葬られたりと伝へらるれども 其墓今は扇が谷寿福寺にあり

 

 

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2024年7月 1日 (月)

銭洗弁財天宇賀福神社

銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてん うがふくじんじゃ)は、鎌倉市佐助にある神社で、境内の洞窟にある清水で硬貨などを洗うと増えると伝えられていることから、銭洗弁天(ぜにあらいべんてん)の名で知られています。

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文治元年(1185年)、源頼朝への宇賀福神の夢のお告げを元に、宇賀福神を祀り神仏の供養を行なったのが創建の由来。

頼朝が貧困にあえぐ庶民の救済を祈願したところ、文治元年(1185年)巳の月巳の日の夜、頼朝の夢枕に現れた宇賀福神の「この水で神仏を供養すれば天下太平になる」というお告げにより、この神社を建てたといいます。

その後、北条時頼が銭をここの水で洗って一家繁栄を祈ったことにならい、ここの霊水でお金を洗うと、増えて戻ってくるという信仰が広まりました。

境内には洞窟があり、トンネルをくぐって参拝します。

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奥宮
本宮の横の洞窟。湧き出る清水は銭洗水(ぜにあらいみず)と呼ばれ、鎌倉五名水に数えられています。

洞内には宇賀神と弁財天が祀られ、銭洗い用のざるが用意されており、参拝者はざるに硬貨や紙幣を入れ、柄杓で3杯ほど銭洗水をかけて洗います。

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洞窟を抜けると、鳥居のトンネルとなります。

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ちなみに、お金は「使う派」「使わない派」で分かれるそうですが、使った方が御利益があるとのこと。

お金を清めたとしたら、皆さんはどっち派でしょうか?

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