高松八幡神社

東京都練馬区高松にある高松八幡神社
社伝によれば、康平7年(1064年)に前九年の役に勝利し東北地方を平定した源頼義が戦勝を感謝し、国家と源氏の安寧を願い建立したのが始まりとされています。
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中野区鷺宮にある鷺宮八幡神社とは鎌倉街道を挟んで対に建てられたことから「若宮八幡宮」とも呼ばれています。
現在の社殿は本殿が享和3年(1803年)の建立で、幣殿、拝殿が大正9年(1920年)に改築されたもの。社殿脇には昭和38年(1963年)建立の神楽殿があります。
(Wikipediaより)



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源義家が戦勝祈願した厳島神社(抜弁天)

平安時代に奥州征伐に向かう源義家が戦勝祈願したという東京都新宿区余丁町の厳島神社
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祭神は市杵島姫命ですが、仏教の弁才天と習合したため、新宿山ノ手七福神の弁財天を祀る神社として知られ、通称「抜弁天」(ぬけべんてん)と呼ばれています。
応徳3年(1086年)、鎮守府将軍・源義家(八幡太郎)が後三年の役(1083~1087)で奥州平定に向かう途中ここに宿営した。この地はこの地域で最も高い場所であり、かつては富士山もよく見えたようで、この時、義家も遠く富士山を望み、さらにその先、安芸に鎮座する厳島神社に戦勝を祈願した。
そして義家は奥州平定を成し遂げ、その帰途、戦勝のお礼のためこの地に神社を建立し、厳島神社を勧請したと伝えられる。
義家がこの地に立ち寄り祈願して苦難を切り抜けたという伝説と、また境内参道が南北に通り抜けできることから「抜弁天」ともいわれ、江戸の六弁天に数えられる。
江戸時代には稲荷神社もあり、徳川綱吉による生類憐れみの令により付近に野犬のための2万5千坪の犬小屋が設置されていた。 (Wikipediaより)


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源頼義、源頼朝ゆかりの諏訪神社

新宿区高田馬場にある諏訪神社は、 弘仁年間(810 - 824年)の創建と伝えられ、小野篁により大国主命・事代主命を祀ったのがはじまりとされています。

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当初、奥羽街道の一部松原街道に面していたので、松原神社と称されていましたが、江戸時代初期に、尾張の徳川家の祖である徳川義直により諏訪神社と改名されました。
その後も源頼義父子や源頼朝、太田道灌等が再造したといいます。
寛永年間(1624 - 44年)徳川家光が造営、 徳川家綱が老鷹を奉納して以後、代々徳川家の老鷹が奉納されており、徳川家の鷹狩と深いつながりを持ち、絵馬などが保管されています。
明和年間(1764 - 72年)徳川家治により、祭神を江戸城内の紅葉山及び吹上(浜離宮)へ遷座。
古より眼病・諸病に霊験有りとする地下霊水が湧き出しています。
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神輿庫
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塞神三柱の塔(さいのかみみはしらのとう) 新宿区登録有形民俗文化財
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区内で唯一の塞神塔。天和2年(1682年)に建立されました。

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