2019年11月 7日 (木)

頼朝の愛した新居町(15)新居宿の旅籠

紀伊国屋の西側にある旅籠屋「万屋五兵衛跡」

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江戸時代、無人島に漂着した船の持ち主であった筒山五兵衛の店。

21年後に水夫三人が無事帰郷したという。


万屋跡の左隣、旅籠屋「伊勢屋長吉跡」

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江戸時代、東海道をいく旅人たちをもてなしていました。

今は金松酒店になっています。

 

 

 

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2019年10月27日 (日)

頼朝の愛した新居町(14)紀伊国屋資料館 その弐

一階の風呂場や台所

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当時の生活様式がうかがえます。

階段を上って二階の客の間へ。

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天井が180cmと低めなのは、争い事などで刀を降り降ろせないようにするためとのことだそうです。

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部屋には、当時の旅人が使用していた道具が置かれています。

担い箱は、行商人が品物を運ぶのに使われました。

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角枕は、髷がくずれないように工夫された木製の枕です。

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2019年10月16日 (水)

頼朝の愛した新居町(13)紀伊国屋資料館 その壱

次は、紀伊国屋資料館を訪ねました。

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紀伊国屋は新居宿にあった紀州藩の御用宿です。

江戸時代、新居宿内の東海道沿いには20数件の旅籠が軒を連ねました。

紀伊国屋の創業は、主人が紀州の出身で、江戸初期に新居に移り住み茶屋を営んだのが始まりといわれます。

江戸時代中期の元禄16年(1703)には徳川御三家紀州藩の御用宿となっており、その後「紀伊国屋」の屋号を掲げ、昭和戦後に廃業するまで約250年、旅館業を営みました。

建物は明治初めの再建ですが、随所に江戸期の建築様式を色濃く残し、平成13年(2001)に解体修理を行い、当時の風情を体感できる施設として公開しています。 (市指定有形文化財) 湖西市観光振興協議会HP参照

 

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次の間から上の間へ

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上の間

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最も奥に位置する奥座敷は、大名など身分の高い人のために使われました。

奥座敷

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部屋からは日本庭園が見られます。

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