2022年12月 4日 (日)

那須与一ゆかりの即成院(1)

泉涌寺塔頭の即成院は、伏見長者と称された橘俊綱の創建で、元伏見大亀谷に所在していましたが、明治維新の廃仏毀釈で無住となり、泉涌寺塔頭の法安寺と合併し、明治35年に現在地に移されました。

ご本尊の阿弥陀如来坐像と二十五体の菩薩像が安置されています。

 

山門             本堂
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 地蔵堂
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即成院は那須与一ゆかりの寺とされ、京都で病にかかった与一が、即成院の阿弥陀如来に祈願したところたちまち回復。以来、阿弥陀如来を肌身はなさず持っていたと伝えられています。


また、「屋島の戦い」の時も一心に阿弥陀如来に祈ったところ、見事に扇の的を射る事が出来たといわれています。
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毎年、成人の日に「泉涌寺七福神巡り」が開催されます。

 

 

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2022年11月24日 (木)

那須与一の孫・愚咄ゆかりの弘誓寺

滋賀県東近江市荘町の古い町並みが続く金堂(こんどう)地区にある浄土真宗大谷派の古刹・弘誓寺は、本願寺三世覚如上人の高弟で、那須与一の孫・愚咄(ぐとつ)を開祖とし、正応3年(1290)に創建されました。

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正応5年(1292)には現在の寺号を受け、その後神崎郡躰光寺(たいこうじ)村に移り、天正9年(1581)には現在地の金堂に移転。

敷地は移転してきましたが、本尊と祖師親鸞上人真影は、代々受け継がれてきています。
滋賀県下で2番目に大きいという現在の本堂は宝暦5年(1755)に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。

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表門の前の川に錦鯉が泳いでいます。

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2022年11月13日 (日)

那須与一ゆかりの北向八幡神社(2)

北向八幡神社の境内には、土地の人が那須与一を祀った那須神社があります。

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荒熊神社
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