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2005年11月 5日 (土)

須磨寺(5)熊谷直実

武蔵国熊谷郷の豪族の出身。保元・平治の乱では源氏方であったが、義朝の死後は一時、平家に仕えた。頼朝挙兵後は、再び源氏方につく。一の谷合戦では、息子の直家と同じ年の平敦盛を泣く泣く討ち取った。その後、法然のもとで出家し、高野山に熊谷寺を建立し、敦盛を弔った。頼朝からは、「日本一の剛の者」と賞賛されていたという。1b

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熊谷直実」カテゴリの記事

コメント

ついに出ました。
須磨寺の源平合戦史跡では、一番に目に付きますね。

ラメールさん、おはようございます。
本では何度も目にした像でしたが、実際に自分の目で見てみると”動きのある”像だと思いました。

16歳の若さで逝った敦盛は可哀想だけど、その後これだけ手厚く弔われ、歴史に名を残したのもこの熊谷直実のお陰だと思います。

merryさん、私もそう思います。
須磨は敦盛だんごをはじめ、敦盛をテーマにした商品があるくらいですもんね。

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