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2006年1月27日 (金)

小督塚(1)

嵐山の渡月橋から亀山方面に少し歩いたところに小督塚があります。清盛の娘・建礼門院徳子は高倉天皇のもとへ入内しますが、高倉天皇は、中宮の世話をする女房のもとで働く葵前という女性を愛してしまいます。しかし、たちまち二人のことが宮中の噂になり、清盛を恐れた高倉天皇は、葵を退けました。一方、葵はしばらくして病死していまいます。高倉天皇は、このことで、毎日落ち込んだ日々を送るようになり、これを心配した建礼門院は、天皇を慰めるために、小督という女性を自ら天皇に引き会わせます。2b

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小督」カテゴリの記事

コメント

昔は、なかなか複雑な男女関係があったのですね。特に天皇、清盛や義経等高貴な方は一夫多妻制みたいなものだったのですね。
それに比べ、一豊は千代を一途に愛していたようですね。

いつの時代も、男女はどろどろ?!やっぱり、

一途が一番ですよね・・・一途に愛された

い・・・(^@^)

昔は本心からでなくても天皇たる人物の奥方であれば 気が向くように努めなければならなかったのですね。
これも愛の形でしょうか?

ラメールさん、シネマ姉さん、やっちゃんさん、深夜~早朝の訪問ありがとうございます。
私も一途な愛に賛成です。元々、飽きっぽい性格でないので、私の殿への愛もずっと続きそうです。(笑)
天皇である夫を慰めるために別の女性を差し向ける・・・現代の女性には考えられないですね。

小説「功名が辻」によると、これと同じように千代が一豊に側室を引き合わせています。
あくまで小説なので、史実はどうだったか知りませんが、こういう時代が長く続いていたのですね。

しずかさん、殿が結婚しても その愛を貫きますか?

今のドラマを見ていると二人にはそんなことが起こって欲しくないですね。
殿が結婚したら?私の愛は変わらないですよ。側室の座がありますから。(笑)
いいえ、正妻を苦しめるようなことはしません。

しずかさんすごい!!!
だから本名・ペンネームが「しずか」なんですね。
そんな女性とめぐり会いたかった。もう手遅れですが。

ラメールさん、そう言って下さって嬉しいです。
でも、あまり一途過ぎる女性は、男性にとってはうっとうしく思うのでは?

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