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2006年2月 1日 (水)

長楽寺(1)建礼門院

壇ノ浦での合戦では、安徳天皇を抱いた二位の尼(平時子)をはじめ、平家の女官達が次々と海に飛び込む中、着物の袂に硯などのおもりを入れて飛び込んだ建礼門院は、源氏方によって熊手で長い髪の毛を引き寄せられ、死ぬことも許されませんでした。平家滅亡後、京に戻った建礼門院は、東山の長楽寺で、髪をおろしました。1b 2_b

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コメント

建礼門院は生き残って高倉天皇や安徳天皇を弔ったと言うことですか。
平家出身の皇后だった人が生きていくのは、大変だったでしょうね。

投稿: ラメール | 2006年2月 1日 (水) 03時17分

昔の女の人はみんな髪が長いですよね・・・

ちなみにあっしも、ロングですう!!

投稿: シネマ | 2006年2月 1日 (水) 05時08分

若かりし頃はロングが流行っておりました。
毎朝、会社まで1時間以上の距離で早い時刻に家を出るにも拘らずそのロングをUPに整えて・・・・

今、思うと良くぞ!と自分を褒めたくなります。
今や肩以上の長さには出来ません。

投稿: やっちゃん | 2006年2月 1日 (水) 06時09分

しずかさん、こんにちは。
長楽寺は、円山公園の奥にある寺ですよね。
昔、よく行っていた寺ですが、そんな歴史があったとは知りませんでした。
勉強になります。
私なら、京都検定を受験しても不合格でしょうね。(苦笑)

投稿: くま | 2006年2月 1日 (水) 08時09分

ラメールさん、おはようございます。
元皇后といえども、一門が滅んだ後は、ひっそりと隠れるように生きていくしかできなかったのでしょうね。

シネマ姉さんがロングヘアなのは、ガイドさん、ヒロシさんとの飲み会の写真のシルエットからわかりましたよ。

やっちゃんさんもロングだったのですね。
私は、大学に入るまで超・ロングでした。生まれてから毛先を揃える程度しかハサミを入れたことがなく、地面に着く長さでした。まるで平安時代の女性のようでしたよ。

くまさん、こんにちは。
私も義経関連の本を読むまでは、長楽寺の存在すら知りませんでした。
京都検定は、幅広い知識が必要ですよね。私は偏ってるからな~。

投稿: しずか | 2006年2月 1日 (水) 09時35分

みなさん若い頃には(現在進行形の人もいるけど)ロングだったのですね。
私も同じでした。(過去形(笑))
平安時代みたいに髪の長さを競ったら、やっぱりしずかさんが一番でしょうかね。

投稿: merry | 2006年2月 1日 (水) 11時01分

merryさん、今でもその切った髪の毛、木の箱に入れて残してありますよ。(見るのが怖くて開けられません)私の断髪式?は、大学の合格発表があった後、家でやりました。

投稿: しずか | 2006年2月 1日 (水) 11時26分

しずかさんは切った毛を箱に入れて保存しておられるのですか。髪の毛は女の命と聞いたことがありますので、捨てきれないのでしょうね。しずかの遺品として後世に伝わっていくでしょう。

投稿: ラメール | 2006年2月 2日 (木) 00時29分

しずかさんは、やっぱり静御膳だったんだ==

(^-^)!

投稿: シネマ大好き娘 | 2006年2月 2日 (木) 04時19分

切った髪の毛は、自分でも見るのが怖いので、他人だったら捨ててしまいたくなるでしょうね。(笑)
学校の友達や先生から「絶対切るな!ギネスに挑戦しろ!」などと言われていたこともあって意地で伸ばしていました。

投稿: しずか | 2006年2月 2日 (木) 09時00分

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