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2006年2月 3日 (金)

長楽寺(4)建礼門院御影像

29歳で出家した建礼門院の御影が長楽寺に保存されている。壇ノ浦の合戦後、京に戻った建礼門院に対しての、源氏方の監視が厳しく、この御影も源氏方の目を逃れる為、当時は表面を墨で覆い隠し祭られていたと伝えられている。

実物は春季特別展で公開されています。kenreimonin

(長楽寺HPより)

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コメント

天皇の妻にまでなった清盛の子供の女性が29歳で出家して、源氏の時代に行きぬくのは大変な苦労と屈辱があったでしょうね。
たぶん、死にたくても死なせてもらえなかった。

投稿: ラメール | 2006年2月 4日 (土) 01時34分

その時代にはその時代での苦労があったのでしょうね?

今の時代が幸せかどうかは数百年経ったら判るのかな?
「地球滅亡」が言われ続けて久しいけど数百年も持たないかも?・・・

投稿: やっちゃん | 2006年2月 4日 (土) 07時35分

ラメールさん、おはようございます。
源平合戦は、多くの悲劇を生んだのですね。生き残ったことの方が残酷だったのかも・・・

やっちゃんさん、訪問ありがとうございます。
私も今の時代がそう長く続く気がしません。地球を破壊し続けてきた人間にとっては自業自得ということでしょうか?

投稿: しずか | 2006年2月 4日 (土) 10時06分

建礼門院にとって、安徳天皇を失った後の人生は虚しいものだったでしょうね。
でも、大河「義経」のストーリーのように実は生きていて人里離れた大原で親子ふたりでしずかに暮らしていたと思うと、ほっとしますね。

投稿: merry | 2006年2月 4日 (土) 13時30分

そうですね。
安徳帝生存説の方を信じたいです。
でも、事実は闇の中ですね。

投稿: しずか | 2006年2月 4日 (土) 14時52分

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