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2006年4月 6日 (木)

三嶋大社(10) 頼家の般若心経②

頼家の般若心経は、この後二度社外へ持ち出されながらも、二度とも再奉納によって大社に戻ってきたという数奇な運命を辿ったという。

流出した経文を亀井重矩が、由緒を知って大社に奉納。
明治時代、これを管理していた大社の別当・愛染院が廃寺となり、蓮華寺に移管。
明治29年、蓮華寺から大社に奉納。

やはり戻るべきところに戻ってきたというわけか。

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源頼朝」カテゴリの記事

コメント

昨日、コメント送ったがアップされなかたったです。
これだけ貴重なものが流出しながらよく戻ってきたと驚いています。
本当に頼家のものと判定するのは難しいでしょうね。

同じココログなのに「送信」が日本字で表示されていますね。私のシニアとPCでは「kirjoita」とあります。これなんの意味かわかりますか。

二度も流出しながらまた戻ってきたという事は、頼家の病気平癒の思いが強かったからでしょうか?

修善寺にある頼家のお墓に行った事がありますが、何か悲しい人生だなと思いながら手を合わせました。

今は信仰心はないけど・筆で書く?

凄いことだね!般若心経はそんなに昔から・・学習しましたよ(^^)

ラメールさん、私はkirjoitaは単に「送信」ではないかと思ってクリックしていました。

しずかさん
お騒がせしました。
ブログの設定を見たら、フィンランド語になっていました。日本語に設定しなおすと日本語で表示されました。

merryさん、母が学生の頃の演劇部で、頼家を演じたことがあり、頼家のお墓に行行きたがっていたので、昔、お墓に行ったことがあります。

ラメールさん、そうでしたか。
どこの言語なのか調べているところでした。(笑)
またはテンプレによって違うのかなと・・・

ヒロシさん、訪問ありがとうございます。
今度、(~ヒ~)さんが般若心経を覚えたかどうかテストしますよ!(笑)

テスト?懐かしい言葉じゃの!!

 いつでも受けてたつぜ~

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