八坂神社 忠盛灯籠(2)
その正体は・・・灯明をつけるため、油瓶と火を入れた土器を持った法師であった。
雨除けの笠をかぶった姿が鬼のように見えただけであった。
討ち取れと命令した上皇であったが、誤って人を殺さずに済み、忠盛の機転に感心した。
法皇はこの褒美として、自分の愛人である祇園女御を忠盛に下賜した。その時、祇園女御は法皇の子を宿してあり、それが清盛だという説がある。
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怪談みたいな話ですね。
京都にはこんな話がいっぱいあるのでしょうか。
そして、清盛が生まれたのなら、又、話は面白くなりますね。続きはないのですか。
源平ブログへの訪問ありがとう。コメントへの返事は、「多太神社」に書いておきました。
投稿: ラメール | 2006年6月 6日 (火) 00時29分
ラメールさん、またお世話になります。
この続きはもう少し書きます。
お付き合いください!
投稿: しずか | 2006年6月 6日 (火) 00時39分
何だか昔の紙芝居の現代版・・・みたいです。(笑)
さて、この続きは又明日・・・って言って面白い所で終わるのです。
(^ラ^)さん 覚えがありませんか?
私は毎日、10円持って裏のお寺の境内に紙芝居が来るのが楽しみでした。
(^し^)さん こんなコメントでごめんなさい。
投稿: やっちゃん | 2006年6月 6日 (火) 08時39分
やっちゃんさん、コメントありがとうございます。
小学生の頃、紙芝居を毎日書いてクラスのみんなに披露していました。その名残があるのかもしれません。(笑)
投稿: しずか | 2006年6月 6日 (火) 09時05分
私はこの時代あたりが一番不得意です。
祇園女御のこともよく知らなかったのですが。
「祇園女御」著:瀬戸内晴美の存在を知って図書館で探したら、やっぱりなかったです(さすがK川)。
というわけで続き、楽しみにしてますv
投稿: くみ | 2006年6月 6日 (火) 14時19分
今みたいに、DNA鑑定が出来たら面白いでしょうね。
清盛が白川法王の子であったか、忠盛の子であったか、明確になりますね(笑)
そうそう、ついでに秀吉の子ども「秀頼」の鑑定もして欲しいですね。
いったいあれは、誰の子どもだったのでしょう?
投稿: merry | 2006年6月 6日 (火) 20時57分
くみさん、訪問ありがとうございます。
私はこの時代のところを行ったり来たり
しています。なかなか出られません。
(笑)
この時代の女性の生き方にも興味があります。
投稿: しずか | 2006年6月 6日 (火) 22時55分
merryさん、コメントありがとうございます。
鑑定したら、この二人以外の人物かもしれませんよ。そういたら歴史が覆りますね。
投稿: しずか | 2006年6月 6日 (火) 22時58分