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2006年9月27日 (水)

北陸の旅(11)多太神社 本殿

多太神社は6世紀初め、武烈天皇の5年に男大跡(オオトノ)王子(後の継体天皇)の勧請による古社である。平安時代初期には延喜式(平安時代中期に編纂された格式)に記載されている式内社である。延喜式神名帳に記載のある神社を式内社と言い、社格の一つとされ、当時、朝廷から重要視された神社であった。
1008年には船津松ヶ中原にあった八幡宮を合祀して多太八幡宮と呼ばれるようになった。
加賀藩三代藩主・前田利常が社地を寄進。歴代の加賀藩主が崇敬し、神領や社宝を奉納したという。

(多太神社由緒、ウィキペディア参照)

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義経ゆかりの地を訪ねて」カテゴリの記事

コメント

昨年、「義経」放送でこの神社を訪ねましたが全く旗などは建っていませんでした。
放送の中には出てこなかったからでしょうか。誰も訪れていなかった静かな神社でした。

ラメールさん、訪問ありがとうございます。

私が行った時も、他に誰も居ませんでしたよ。実盛がドラマに登場しなかったから、ここは大河キャンペーンはやらなかったのでしょうか。

まったくお恥ずかしいお話ですが
この神社のことぜんぜん知りませんでした。
地元ほど知らないことばかり…。
今まであまり気に留めていなかったのですが
けっこう源平に関するところって
地元にもあるんですね。

そう思えたのもしずかさんのおかげですよー。
今度、行ってみますね。

三代藩主利常はまつではなくて側室の子ですね。「大きくなったらこの山を越えていけ」と利家が行ってた子ですね。いよいよ利家登場ですね。

pochiさん、こんばんは!

それは私も同じです。
旅行となると、知らない土地なので
リサーチするのですが、地元はいつでも
行けると思うと、探求しないのですよね。
知らないことばかりです。

ヤスさん、こんばんは!

利常は若くして家督を継ぎ、加賀に功績を
残した人ですね。
秀吉の隠し子という説はどうでしょう?
次週の「功名が辻」、いよいよ利家登場ですね。楽しみです。

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