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2006年9月 5日 (火)

藤沢を訪ねて(1)常光寺・弁慶塚

今日から藤沢編に入ります。
藤沢本町駅から歩いて10分ほどのところの常光寺というお寺の裏山に、弁慶を供養したという「弁慶塚」が庚申塔とともにあります。
弁慶塚と書かれているようですが、石の表面が削られていてはっきり見えませんでした。
画像で確認できるでしょうか。
なぜここに弁慶が祭られたのか?
ここには以前、八王子権現社という白旗神社(義経を祭る)の末社がここにあったことから、弁慶塚が残されているようです。1c_39 1c_402c_34 

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コメント

写真でも弁慶塚は読み取れませんでした。
義経と弁慶はいつも一緒にいるのですね。

投稿: ラメール | 2006年9月 5日 (火) 00時29分

ラメールさん、コメントありがとうございます。
藤沢で弁慶の名がついたものがあるのは意外でした。「弁慶塚」は他にもあるそうですが、今回はそこまで行けませんでした。

投稿: しずか | 2006年9月 5日 (火) 00時36分

しずか さん

おはようございます。

しかし義経と弁慶ほど、各地に名前を刻み込んでいる歴史上の人物も少ないですよね。

ゆかりの地の皆様は、二人に感謝感謝ですよね。
それだけで多くの観光客が押し寄せてくれるのですから(笑)

投稿: 「感動創造」 | 2006年9月 5日 (火) 08時01分

感動創造さん、おはようございます。

昨年から各地を旅して来て私もそう思います。義経・弁慶と名が入ったお土産を見つけるとついつい買ってしまったり。(笑)

投稿: しずか | 2006年9月 5日 (火) 08時07分

直接『ゆかり』がなくても人々の気持ち、供養で新たな『ゆかり』ができる。日本人に愛される人物だからこそですね。

投稿: ヤス | 2006年9月 5日 (火) 08時21分

何とか読もうと努力しましたが・・・
読めません。長年の風雪が少しずつ少しずつ削り取っていったのでしょうか?
時の流れを感じますね。

投稿: やっちゃん | 2006年9月 5日 (火) 10時12分

しずかさん、こんにちは。
こんな素敵なblogもされてたんですね。

藤沢にも弁慶縁の地があったんですね。
丁度この夏久々に鞍馬へ行ってきたのでカテゴリーにも気になる名前が一杯です。
これから少しずつゆっくり拝見させていただきますね。

投稿: lovespoon | 2006年9月 5日 (火) 10時40分

ヤスさん、こんにちは!

ヤスさんの仰る通りですね。
義経・弁慶がいまだに人々に愛される理由が
少しずつ見えてきたように思います。

投稿: しずか | 2006年9月 5日 (火) 12時49分

やっちゃんさん、こんにちは!

私も必死で読もうとしたのですが。
そう書かれていると思えば見えるような・・・程度ですね。

投稿: しずか | 2006年9月 5日 (火) 12時51分

lovespoonさん、こちらにも来ていただいてありがとうございます!

鞍馬へ行かれたのですか?
ぜひブログにその様子、載せてください!
私は次回また鞍馬へ行く機会があれば、貴船神社まで足を延ばしてみたいと思っています。
また遊びにいらして下さいね。

投稿: しずか | 2006年9月 5日 (火) 12時56分

随分と古いブログにコメントしてすみません。
皆様に、参っていただき大変有難いと思っております。

このお墓、確かに弁慶塚と書かれておりますが、実は弁慶の墓ではありません。
このお墓の記録では弁慶となっておりますが、このお墓は伊勢三郎義盛という者のの墓です。
(その他の者の墓も近くにある筈なのですが、まだわかっていません。)

歴史にお詳しい方ならご存知かもしれませんが、伊勢三郎は郎党のうちの一人。
最後まで仕えていてくれた者たちの一人です。
(弁慶の首塚は、義経の物と共に、白幡神社に合祀されています。)

どういう経緯で、弁慶塚となってしまったのか、見当もつきません。
(死人に口無しとはまさしくこの状態のことでしょうか。)

出来ましたらほんの一部の方でも結構ですので、本人の成仏のために、
義盛の墓として参っていただけたら幸いです。

ちなみに、鶴嶺八幡宮参道にある弁慶塚は、頼朝殿が馬から落ちられた時に祟りを恐れて建てられたもので、それ以外、何ら由縁はありません。
(弁慶の何かが埋まっているわけではないんです。)

(私の事を少し説明させていただくと、私は、当時の記憶を一部留め、生まれ変わった者だと思って下さい。当時の歴史の証人として、間違って伝えられている内容を正すよう任をいただいております。)

PS.新宮市の速玉大社の方へは行かれましたか?
実はこの地(南牟婁郡紀宝町鮒田)にある、弁慶産屋の楠跡という場所
(弁慶温泉があります)は、本当に弁慶に縁のある場所です。当人が一番気に入っている場所ではなかろうかと思います。)

義経

投稿: 源九郎義経 | 2007年12月31日 (月) 04時35分

義経さま、コメントありがとうございます。

伊勢三郎の墓であったのが、後世になって弁慶の名に
してしまったのでしょうか?
だとしたら三郎さまがお気の毒ですね。

速玉大社へはまだ行っていません。
今回は時間の都合上、カットしてしまいました。
でも、南紀の旅はとても面白かったので、また機会が
あれば次は速玉大社にも寄ってみたいです。

投稿: しずか | 2008年1月 2日 (水) 15時54分

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