藤沢を訪ねて(4)白旗神社 義経公鎮霊碑
1189年4月30日、奥州で藤原泰衡に襲撃され自害した義経公の御骸は宮城県栗原郡栗駒町に葬られた。一方、御首は6月13日、腰越の浦の首実験後、捨てられたが、白旗神社の近くに流れ着き、藤沢の里人により葬られたという。
平成11年6月13日、義経没後810年を記念し、御骸と御首の霊を合わせ祀り、義経公鎮霊碑を建立した。(白旗神社の説明版より)
義経公鎮霊碑 義経松(石には義経松とありますが、松の木はありません)
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捨てられちゃったんですか?なんということを!でも里人がきちんと葬ったんですね。結構権力者に敗れた人を民衆が祭ることって多いんですね。
投稿: ヤス | 2006年9月 8日 (金) 19時20分
ヤスさん、こんばんは!
この話が事実だとしたら、本当にひどいですよね。頼朝の実の弟なのに、そこまでしなくても・・・と思ってしまします。
投稿: しずか | 2006年9月 8日 (金) 22時03分