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2006年11月11日 (土)

厳島神社(6) 蘭陵王の舞

今回この舞楽の中で最も楽しみにしていたのが、この蘭陵王の舞です。

蘭陵王は中国北斎の皇族で、将軍。実の名を高長恭(こうちょうきょう)といい、実在した人物です。
あまりにも美しく優しい顔立ちをしていたので、戦に赴く時は恐ろしい面をつけて素顔を隠していたといわれています。

幾多の戦いにより、名声を上げましたが、それがきっかけで後主から忌避されるようになります。粛清されることを恐れ、わざと戦利品を貪り、評判を落としたり、戦場に立って功績を立てることを恐れ、病にかかっても治療しませんでした。
しかし、結局は573年、後主を毒物を賜り、自殺してしまいます。(Wikipedia参照)

美しい顔立ち、悲劇的な一生は義経に重なるところがありますね。


蘭陵王が厳島神社で舞う姿は、「義経」のタイトルバックにも流れていました。4c_7 19c_1

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平清盛」カテゴリの記事

コメント

帰ってきましたよ。
厳島神社シリーズが続いていてここまでご覧になっているとは流石です。しっかり調べていったのでしょうか?
世界史好きの私でも南北朝時代の群雄割拠の中で北斉のことはしりませんでした。勉強になります。

しずか さん

こんばんは!

あぁこれですか!「蘭陵王の舞」!!

タイトルバックの中で、舞ってましたよね~!

思い出しました。

その後、白馬が平泉の池を走っていくシーンへスイッチしたような・・・・

美しすぎて・・・お面を被らなければならないなんて 贅沢な悩み?ですね。

生まれた時代が悪かった?
現代なら芸能界で引っ張りだこでしょうに・・・

ヤスさん、お帰りなさい!

蘭陵王のことは前から興味があって調べていきました。
名古屋の熱田神宮の宝物館にも蘭陵王の面があると聞いて、昨年見に行ったのですが、展示品の入れ替えのために見ることが出来ませんでした。

感動さん、こんにちは!

「義経」のタイトルバック、大好きです。
義経の一生が上手くまとめられていますよね。
義経はある意味、蘭陵王にも類似していたのかとも思います。美しさ、儚さ、強さを持ち合わせている点で。

やっちゃんさん、こんにちは!

蘭陵王の顔があまりに美しいため、味方の兵士はいつも顔ばかり見てうっとりしていたり、敵方の兵士からは、「あんな綺麗な顔の奴が戦えるのか」と馬鹿にされていたそうです。それが嫌でお面を被ったのだと。

しずか さん

こんばんは!

たけしのご覧くださいね!

しかし今晩は大河に、バレーに野球に・・・

もう裏録も何もありまへん・・・!

追いつかない~!

全部見たいのにぃ!

感動さん、日曜は大忙しですね!

私は結局、大河を優先しましたよ。
父は野球、母はバレーと三人別々の部屋で違う番組を観ていました。(笑)

こんばんは!

「蘭陵王」の舞楽は平安時代から演目としてあったのでしょうか?
義経の一生と重なる・・というのはなるほどですね。(もちろん殿とも)

しずかさん、いろいろ調べてたんですね。実在した人というのが興味深いです。いい本があるといいですね。

pochiさん、こんばんは!

「教訓抄」によれば唐に留学していた尾張浜主(おわりはまぬし)が839年に伝えたとも、また奈良の唐招提寺へ林邑(りんゆう)の僧・仏哲(ぶってつ)が伝えた曲の一つとも言われているそうです。
いずれにしても、平安時代に流行した舞楽のひとつということですね。


へええ~そうなんですね。
本当に800年以上前から踊り継がれているんですね!すごいですね~~!!

pochiさん、こんばんは!

日本古来の舞楽の歴史について調べたのは
蘭陵王が初めてです。
「義経」きっかけでいろんなことに
知識が増えましたよ!

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