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2007年2月10日 (土)

大原(2)三千院・往生極楽院

三千院の本堂を往生極楽院といいます。
極楽浄土の世界を表現したという往生極楽院は、入母屋造り、柿葺き屋根の阿弥陀堂建築で、重要文化財に指定されています。

幼少の頃の弁慶はその風貌から鬼若と名付けられ、6歳の時に比叡山・延暦寺西塔に預けられましたが、18歳の頃からの乱暴狼藉により比叡山を追われ、このあたりに無人の庵を見つけて住みつきました。
名前を
武蔵坊弁慶とし、僧形になりましたが、悪行は治まらず、また追い出されていました。26_c 15_c_1(源平史跡177選参照) 8c

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義経ゆかりの地を訪ねて」カテゴリの記事

コメント

しずか さん

おはようございます。

弁慶といい、昔は僧兵が当たり前だったんですよね。

今の時代では、僧侶が武装して戦うってあまり考えられないですよね。

感動さん、こんにちは!

そうですね。
僧侶=兵士なんて想像しにくいですよね。
弁慶の場合は体格も良かったし、戦う方が合っていたのでしょうね。

弁慶と三千院との意外な繋がりですね。
そう、このあたりの無人の庵に隠れ住んでいたのでしょうね。
当時は人里離れて、寂しい所だったでしょう。

merryさん、こんばんは!

大原と弁慶、なかなか頭の中で
結びつきません。(笑)
弁慶も現代の紅葉の頃の混雑は想像できない
でしょうね。

弁慶と三千院はなんだか動と静みたいで

にやっとしてしまいます^^

人目を忍ぶにはよい所ですね(*^▽^*)

うさこさん、こんばんは!

>動と静 まさにその通りですね。

私は人里離れたこんな場所も大好きです。

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