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2007年4月

2007年4月29日 (日)

一言寺(いちごんじ)

平重衡の墓から10分ほど歩いたところに、大原の寂光院で建礼門院に使えた阿波内侍が開いたお寺があります。
本尊の千手観音を一心に祈れば言下に願い事が叶えられると信じられてきたので、一言寺と呼ばれていますが、正式名称は金剛王院といいます。

秋に行ったので境内の紅葉がとても綺麗でした。1b_9 4b 5b_1


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2007年4月22日 (日)

平重衡塚

醍醐寺から歩いて住宅地の道を歩いていくと、団地のそばの公園の片隅に平重衡の墓がポツンとあります。

この地(日野)は重衡の北ノ方大納言佐局が平家没落後、身を寄せていた。
一ノ谷の合戦で捕らえられた重衡は鎌倉から奈良へ引き渡されたが、途中ここに立ち寄り北ノ方との別れを惜しんだ。
南部焼き討ちの罪を問われ、木津河原で斬首された後、日野で荼毘に付されたといわれている。(説明版参照)2c_60

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2007年4月18日 (水)

醍醐寺(2)豊太閤花見行列

1598年(慶長3年)の春、豊臣秀吉が盛大な「醍醐の花見」を催したことでも名高い醍醐寺。醍醐寺ではこの古事に習い、毎年4月の第二日曜に豊太閤花見行列を催しています。

今年の秀吉役に選ばれた「大日本除虫菊」(大阪市)の上山英介・代表取締役会長が、北政所や淀君役の女性、家臣役を引き連れ、三宝院唐門から約500メートル離れた金堂へ。特設舞台で狂言や舞踊を楽しんだ。(2007年4月9日 読売新聞)よりImg_0179c Img_0195c Img_0200c

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2007年4月13日 (金)

醍醐寺(1)今若と醍醐寺

春の京都へ行って来ました。
まずは桜で有名な醍醐寺から。

醍醐寺は、牛若の長兄である今若(後の阿野全成)が出家したとされるお寺です。
全成の評判はというと、あまり良くなかったようで、醍醐寺悪禅師などという呼ばれ方をしていたそうです。
その全成は、頼朝が挙兵したという知らせを受け、すぐに兄のもとへ向かいますが僧侶の立場から頼朝軍には入ることができず、武蔵国の長尾寺へ入りました。
その後、北条政子の妹の保子(阿波局)と結婚し、頼朝政権のもとで着実に地位を築いていきました。


※全成についてはこちらにも記事を載せてあります。
http://shizuka.cocolog-tnc.com/shizuka/cat7283712/index.html


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