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2007年7月 2日 (月)

木曽義仲首塚

京のシンボルともいえる五重塔の八坂の塔は、聖徳太子が創建したという法観寺の境内に立っています。
その境内には木曽義仲の首塚と伝えられる石塔があります。

義仲は木曽山中で育ったため、木曽冠者とも呼ばれた。
倶利伽羅峠の戦いで平家軍を破り入京したが、乱暴狼藉を重ね、公家や京の人々の反感を買うことに。ついには朝廷とも対立することになる。
その後、征夷大将軍になり、自ら旭(朝日)将軍を名乗ったが、範頼・義経軍に攻め込まれ、近江粟津で討たれた。
義仲の首は六条河原に晒された後、この法観寺の境内に葬られたという。Img_0743c Img_0746c Img_0747c

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木曽義仲」カテゴリの記事

コメント

八坂の塔を知っている人は多いけど、木曽義仲の首塚と知っている人は少ないでしょうね。
なんかひっそりとしたお墓ですね。

しずか さん

こんばんは。

うーん、悲哀がありますね。

海音寺潮五郎の武将列伝を読み直したくなりました。

しずかさん、こんにちは!
八坂の塔が木曽義仲の首塚だったとは。。。知りませんでした・・・(汗)

木曽義仲・・・何とも悲哀な武将でしたよね。。。
もっと世渡り上手だったら・・・どうなっていたでしょうか。。。

ひっそりとした場所で、今頃は安らかに眠っておられる事でしょうね。。。

ああ、春の八坂の塔ですね。
古塔には桜が良く似合います。

ところで、義仲の首は八坂郷に埋められたと伝わりますが、
必ずしも法観寺境内とは限らない様です。
この首塚は以前は近くの旅館の玄関にあり、
そこが廃業したため法観寺に移されたという経緯があります。

でも、ほとんどの人はこの地と義仲が関わっているとは知らない事でしょうね。

merryさん、コメントありがとうございます。

八坂の塔は遠くから眺めるだけで
境内に入ったのは初めてです。
前から行こう行こうと思いながら
後回しになってしまいました。

感動さん、こんばんは!

私が訪れた時、誰もいませんでした。
桜の時期だから他は大変混んでいましたけどね。

りっきーさん、こんばんは!

私も八坂の塔の境内に義仲の首塚
があるとは以前は知りませんでした。
八坂の塔は遠くからは見ても、お寺の境内まで
入る人は少ないのかな~。
ひっそりとしていましたよ。

なおくん、補足していただいてありがとうございます。

そうなんですか~。
何冊か本を読んでみましたが、そこまでは
知りませんでした。
~とされているとか~と伝えられているという
表現はどこまで真実なのか判りかねることが
多いです。

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