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2007年12月

当ブログを訪問してくださる皆様へ

今年もしずかblogを訪問してくださった皆様、暖かいコメントありがとうございました。
最近は記事をまとめる時間が足らず、思うように更新できずにしますが、来年もマイペースで少しずつ紹介していきたいと思っています。
これからも当ブログを応援してくださいね。来年もよろしくお願いします。

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新熊野(いまくまの)神社

新熊野神社は平安時代末期、後白河天皇によって創建された神社です。
後白河天皇は退位後も、三十三間堂東側の法住寺において院政を敷かれていました。
 熊野信仰が盛んなこの時代、上皇は熊野詣に大変熱心で34回も参詣されたといわれています。当時、法住寺は法住寺殿と呼ばれ、その鎮守社として創建されたのがこの新熊野神社、鎮守寺として創建されたのが三十三間堂です。その造営には平清盛が当たりました。

「新熊野」と書いて「いまくまの」と読むのは、紀州の古い熊野し対して、京の新しい熊野という意味があるとのことです。

また高倉天皇が徳子の安産を祈願したことから安産の神としても信仰を集めています。Img_2360c(新熊野神社HP、源平史跡177選参照) Img_2362c Img_2361c


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今熊野観音寺

 南紀の旅の記事はまだ途中なのですが、紅葉を見に京都へ行って来ましたので、ここで京都の記事をUPします。

 泉湧寺の近くに今熊野観音寺というお寺があります。
今熊野観音寺は熊野権現のお告げを受けた空海がお堂を建てたのが始まりで、熊野権現を篤く信仰していた後白河天皇が今熊野の地に熊野那智権現を勧請したので新那智山とも呼ばれています。
頭痛持ちで苦しんでいた後白河天皇の枕元に観音様が現れて頭痛が治ったという話が伝えられていて、頭痛封じ、ボケ封じ、知恵授けのご利益で名高いお寺です。
また紅葉の名所としても知られ、境内一面に広がるモミジが見事でした。

私は頭痛持ちなので、頭痛封じの枕カバーを買いました。
効果は?
まだ使ってないのでわかりません。(笑)Img_2365c Img_2369c Img_2373c


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田辺の旅⑪弁慶社

闘鶏神社の境内に弁慶社があります。

五代目弁慶松の伐採以降、弁慶松の根方にあった弁慶大神のお社は、その後有志の手により護られてきました。
弁慶社は、その御霊を新たに遷座し、その精神を引き継ぎ崇めるとともに、弁慶の貴重な文化を構成に伝承し、生誕の地としての歴史遺産の整備の一環として、平成17年9月に設置されました。(弁慶まつりパンフレットより)

私が訪れた10月6日は弁慶社の秋の大祭にあたりました。
大祭は、春は3月3日、秋は10月の弁慶まつり同日に執り行われます。
大祭後、餅まきが行われました。C 1c 2 Photo

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田辺の旅⑩弁慶松と弁慶産湯の井戸

田辺市役所の駐車場のところに弁慶松と弁慶産湯の井戸があります。

 現在の弁慶松は第六代目。

五代目弁慶松は、江戸時代の藩主・安藤氏が闘鶏神社の裏山から移植したもので、高さ15m、周囲4mの巨木となっていたが、昭和50年に枯れ死した。
 しかし、現在その種子から育った弁慶松が市役所や岩手県平泉の弁慶の森で育っている。(田辺市観光協会パンフレットより)

五代目弁慶松があったところには、現在は弁慶松跡の案内板が残っています。

 弁慶の産湯の井戸の水を汲んだと伝えられている産湯の井戸は、昭和35年まで田辺第一小学校内にあったが、平成元年田辺市役所前に復元した。(田辺市観光協会パンフレットより)

弁慶松跡    弁慶産湯の井戸         六代目弁慶松 CC_3 Photo_2 C_2    

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