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2008年4月

2008年4月28日 (月)

袈裟御前宝篋印塔(恋塚寺)

京都の伏見に恋塚寺というお寺があります。
恋塚寺は、文覚がまだ武士であった頃、誤って殺してしまった愛する袈裟御前の霊を弔うために建立したといわれています。
本堂には袈裟御前、夫の源渡、文覚上人の木像、恋塚碑、境内には宝篋印塔の墓石、南無阿弥陀仏六字名号碑(文覚建立とされる)があります。

本堂は改装中のため、境内のみ見学させていただきました。Img_3126_c_2Img_3129_c_2C_2Img_3127_c_2

 

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2008年4月16日 (水)

大通寺

六孫神社から東寺を通って大通寺へ。

ここは清和天皇の第六皇子・貞純親王の御子、六孫王経基(つねもと)の子・満仲が父の墓所に堂宇を建立したのが始まりとされています。
その後、源実朝が鎌倉八幡宮で甥の公暁に暗殺され、妻が出家して八条禅尼(本覚尼)と名を改め、夫を弔って創建しました。
「尼寺」として親しまれ、実朝の母である北条政子もこの寺を援助したといわれています。
元禄時代には今の六孫神社が造営され、塔頭もたくさん建てられました。
本堂の脇壇には、実朝像が安置されています。

こちらは一般公開されていないため、門の外から写真だけ撮らせていただきました。Img_3110b Img_3109

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2008年4月 5日 (土)

六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)

京都駅から西に歩いて10分ぐらいのところにある六孫王神社。
ここは源氏の祖である源経基の邸宅跡で、清和源氏発祥の地であります。
六孫王という名は、経基の父が清和天皇の第六皇子だったことに由来し、経基の子・満仲が邸宅跡に霊廟を建て、六の宮と称したのが始まりです。
その後、源実朝の妻が寺を建て、その鎮守社となりました。
本殿の背後に経基の墓石があり、境内から「満仲の誕生水」「児ノ水」などの名水が出るそうです。
この神社の東側に平清盛が西八条殿を築きましたが、清盛の死後、平家が都落ちする際、火を放ち消失しました。

六孫王神社の境内には御衣黄という黄緑色の花が咲く桜があります。
来週また京都に行くのですが、こちらの桜も見てみたいと思っています。Img_3084c Img_3089cImg_3088c Img_3092c



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