白峯神宮(1)崇徳天皇を祀る神社
京都市上京区今出川通にある白峯神社のご祭神は、崇徳天皇と淳仁天皇。
崇徳天皇は、鳥羽天皇の皇子としてご生誕、保安4年に第75代の天皇に即位されましたが、保元の乱により、讃岐に配流され、長寛2年に45歳で崩御、白峰山陵に奉葬されました。
讃岐に配流されてからは、髪も剃らず、爪も切らずに日本国の大魔縁になって朝廷を呪い続けたと伝えられています。
崩御されてから大火事や不穏な事件が頻繁に起きたため、崇徳天皇の祟りと恐れられ、明治天皇が崇徳天皇の霊を鎮めるために、白峯神宮を創建しました。
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「崇徳院」カテゴリの記事
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しずかさん
おはようございます。
今朝の東京はやっとおひさまが見れそうです。
呪い続け・・朝廷でも、帝があまり長生きできないのは
こんな理由が関係しているんでしょうか。
投稿: 「感動創造」 | 2008年6月30日 (月) 07時49分
感動さん、おはようございます。
今朝起きた時は晴れていたのですが
次第に雲が出てきて今降り出しました。
今の時代、神をも恐れぬ行動をする人が
増えていますよね。
「呪い」や「祟り」という言葉は好きではありませんが、
「悪いことをしたら祟りがある」という気持ちを
持たせることも必要なのではないかと思います。
投稿: しずか | 2008年6月30日 (月) 09時10分
案内板を読むと、「孝明天皇の遺志を継ぎ・・創建された」とありますね。
遺言されたのでしょうかね。
そんなに、祟りを恐れられてたのですね。
今の時代なら笑うけど、当時は深刻な問題だったのでしょうね。
投稿: merry | 2008年6月30日 (月) 15時54分
merryさん、こんばんは!
ここは孝明天皇ゆかり~での記事でも使えますね。
私はいつの時代も「祟り」があると信じてますよ。
そう信じていないと人間はもっと堕落していきそうな
気がします。
投稿: しずか | 2008年6月30日 (月) 22時54分
しずかさん、こんにちは☆
呪い・・・怖いですね。。。
祟りとか、よく昔から子供をしつけるのに使ったりしていたようですが、
やはり・・・何だか怖いですよね。
昔からの名残で、そうなってしまうんでしょうか。。。
とは言え・・・そのような人生になってしまうと言うのも・・・辛いですね。。。
投稿: りっきー | 2008年7月 1日 (火) 18時04分
りっきーさん、こんばんは!
天変地異も、自然を破壊し続ける人間への
祟りだと考えれば怖いですよね。
幼い頃は「そんなことをしたら祟るよ~」
というのはおばあちゃんのセリフだと
思っていましたが、自分も近い将来
使ってしまいそうです(笑)
投稿: しずか | 2008年7月 1日 (火) 23時33分
しずかさん こんにちは。
近衛天皇が皇太弟と記されていたため 院政が執れなかった崇徳上皇。その時の無念はいかばかりかと 私は今でも同情してしまいます(*`∧´)
ではまた☆
投稿: コウ | 2010年4月10日 (土) 13時10分
コウさん、こんにちは!
崇徳上皇は不幸な人生を送られた方ですね。
後々、祟りの伝説が生まれたのも当然な
気がします。
投稿: しずか | 2010年4月10日 (土) 15時17分