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2008年8月21日 (木)

頼政の鵺退治(2)

頼政が放った矢は、見事に怪物に命中した。
急いで家来の一人がとどめとばかりに腰刀で怪物を刺し通した。
見ていた殿上人たちが、松明を照らしてみると、そこに横たわっていたのは、
頭が猿、胴体が狸、尾は蛇、手足は虎のような得体の知れぬ生き物で、鳴き声は、トラツグミのように「ひょう、ひょう」と叫んでいた。
これが
鵺の正体であった。
以来、正体のわからぬことを「ぬえ」といい、この怪鳥が住んでいたところが、東山の鵺の森であったという。
鵺が退治されて以来、天皇のご病気はすっかり良くなり、鳥羽天皇から頼政に、褒美として、
獅子丸という名剣が渡された。

ちょうどその時、ホトトギスが鳴きながら飛んで行ったのを見て、左大臣・藤原道長が、

「ほととぎす名をも雲井にあぐるかな」と上の句を詠んだ。
すると頼政は、即座に
「弓はり月のいるにまかせて」と返した。
これを聞いていた天皇は、「弓矢ならず歌道にもすぐれている。」と褒めた。

鵺の死体は、鵺の森近くに埋められ、それが、岡崎公園内にあった鵺塚だと伝えられていある。

鵺の想像図Photo

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源頼政」カテゴリの記事

コメント

>岡崎公園内にあった鵺塚

今でもこの鵺塚はあるのでしょうか?
もしあるなら、京都に行ったついでに見たいですね。

始めまして(笑)

猿、狸、蛇、虎ですか 
不気味ですね
と言いながらもちょっと見てみたかったりして^^;

さやかさん、ようこそ!
コメントありがとうございます。

どんな怪物か想像しにくいと思うので・・・
想像図を載せてみました。
不気味でしょう?(笑)

merryさん、こんばんは!

前は岡崎公園のグラウンドに塚があったそうですが、グラウンド拡張工事の際、発掘調査をしたら、鵺塚は古墳時代の古墳であることがわかったそうです。
その時に出土したものは、鵺塚陵墓参考地出土遺物埋納所として再埋納されたそうです。


鵺の想像図、載せて頂いてありがとうございます。
これで見ると、頭が猿ということもあって鵺=お猿さんに(笑)

さやかさん、再びコメントありがとうございます!

頭が猿だと、「変わった猿」に見えますよね。
でも、こんな物がいきなり目の前に現れたら
失神しますよ(笑)

こんばんは。

不気味ですね・・・

昔は天狗とか河童とか
得体の知れないものが
実在していると信じられていたんでしょうね・・・

感動さん、こんばんは!

鵺以外にも天狗、土蜘蛛などの
伝説があり、それらにまつわる
史跡も存在していますね。
京都は歩いていていろんな物を
発見できるので、飽きません。

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