薄墨の笛について(1)どのようにして義経の手に渡ったのか?
義経の愛用していた薄墨の笛は、蝉折の笛とも呼ばれています。
元々は、その昔、鳥羽上皇の時代、南宋から贈られて来た漢竹で作られた笛でした。
その後、二条天皇の頃に、その笛を愛用していた高松中納言が演奏中に床に落とし、蝉に形をしている装飾の部分がとれてしまいました。そのことから蝉折と呼ばれるようになりました。
それからの笛の行方は諸説あり、以仁王から源頼政の元に渡り、再び宮中に戻った後、平家の手から義経に渡ったとも、義朝から常盤御前、そして義経の手に渡ったともいわれ、定かではありません。
また、薄墨の笛は、謡曲や物語の中では次のように呼ばれています。
謡曲「敦盛」では、「小枝、蝉折さまざまに、笛の名じゃ多けれども」
「浄瑠璃物語」では「蝉折の笛」
謡曲「橋弁慶」では「虫喰いの笛」
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