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2008年11月 4日 (火)

薄墨の笛について(2)800年前のこと

薄墨の笛が伝わる鉄舟寺は、もと久能寺といい、飛鳥時代に開基されました。
その由来が南北朝時代にまとめられた
久能寺縁起には、将軍 源頼朝が、伊豆の所領を寄贈したことと共に
「源九郎判官義経が薄墨と云う笛 ご寄進なり」
と明記されているそうです。
しかし、義経が久能寺に笛を寄進した経緯については明らかでないとのこと。

小説家の邦光史郎氏の推理によれば、源氏の嫡流である証の薄墨の笛を、頼朝に取り上げられるよりは、治外法権的な力を持っていた久能寺に託せば、いずれかまた笛に巡り会えるかもしれないと望みを持って、寄進したのではないかと、演奏会の際にいただいた説明に書かれていました。

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源義経」カテゴリの記事

コメント

この時代は、母親の身分によって嫡流が決まるので、微妙な気遣いがあったのでしょうね。

頼朝に気兼ねしていた義経が哀れです。

merryさん、コメントありがとうございます。

>この時代は、母親の身分によって嫡流が決まるので、微妙な気遣いがあったのでしょうね。

母親の身分によって子供の一生も
決まってしまったのですね。

やっぱり私は「判官びいき」です(笑)

こんばんは。

私もついつい義経に自分を
かさねて見てしまうことがありまして・・・

わたしも
判官びいきです

感動さん、こんばんは!

そういえば前にもそんなことを

書いておられましたね。

私には兄弟がいないので、そこら辺は

よくわからないのですが・・・

同じ判官びいきなのですね。

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