« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月30日 (日)

薄墨の笛について(4)10年前のこと

中村一氏の補修から400年が経ち、薄墨の笛にはまたカビや亀裂が生じてしまいました。
そこで、熱田神宮の累代雅楽器師の菊田束穂氏に依頼し、平成9年から一年半かけて補修が行われました。
この「平成の補修」により、薄墨の笛は、再び蘇ったのですが、笛はただ補修すればいいわけではなく、息を吹き込まなければ笛としての機能が働かなくなってしまいます。
現在、薄墨の笛の音色が聴けるのは、こうした補修をしてきた方達、そして定期的な演奏で笛に命を吹き込んでくださる横笛奏者の赤尾三千子さんのおかげなのでしょうね。
今後もこの笛の存在を忘れず、ずっと命を保っていって欲しいと思います。

人気ブログランキング参加中
 投票お願いします!
人気ブログランキング

FC2ブログランキング参加中
 投票お願いします!
FC2ブログランキング

| | コメント (4)

2008年11月13日 (木)

薄墨の笛について(3)400年前のこと

今から400年前のこと、薄墨の笛は、駿河の大名・中村一氏によって補修されたとの記録が残っています。

源義経所持 薄墨の笛 中村式部少輔 再興 笛の頭に金にての字を置けり
(「
駿河国新風土記」の久能寺の条より)

中村一氏は、近江国甲賀出身で、甲賀二十一家の一つ、瀧(多喜)氏の出とされ、豊臣秀吉に仕えていました。
後に駿河の大名となり、所領にある久能寺に伝わる義経の薄墨の笛が破損していたので、文禄4年(1595年)に笛を修理して納めた書かれています。

久能寺物薄墨之笛損候 在当国 立節拵直遣之華 末代無他出 可被重宝之候也

文禄四年卯月廿二日 中村式部少輔一氏

久能寺衆徒中

そして、記念(しるし)として、自分の苗字であるの字を、金で笛の頭に埋め込んだとあります。
演奏会の際に見せていただいた薄墨の笛にはたしかに「村」の字が刻まれていました。

人気ブログランキング参加中
 投票お願いします!
人気ブログランキング

FC2ブログランキング参加中
 投票お願いします!
FC2ブログランキングImg_4890_c

| | コメント (2)

2008年11月 4日 (火)

薄墨の笛について(2)800年前のこと

薄墨の笛が伝わる鉄舟寺は、もと久能寺といい、飛鳥時代に開基されました。
その由来が南北朝時代にまとめられた
久能寺縁起には、将軍 源頼朝が、伊豆の所領を寄贈したことと共に
「源九郎判官義経が薄墨と云う笛 ご寄進なり」
と明記されているそうです。
しかし、義経が久能寺に笛を寄進した経緯については明らかでないとのこと。

小説家の邦光史郎氏の推理によれば、源氏の嫡流である証の薄墨の笛を、頼朝に取り上げられるよりは、治外法権的な力を持っていた久能寺に託せば、いずれかまた笛に巡り会えるかもしれないと望みを持って、寄進したのではないかと、演奏会の際にいただいた説明に書かれていました。

人気ブログランキング参加中
 投票お願いします!
人気ブログランキング

FC2ブログランキング参加中
 投票お願いします!
FC2ブログランキング

| | コメント (4)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »