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2010年3月 1日 (月)

神戸の源平史跡を訪ねて(13)大輪田橋

清盛橋から東に行くと、石造のアーチ橋・大輪田橋があります。
大正13年に竣工した橋で、
大輪田泊にちなんで名付けられました。
昭和20年の神戸大空襲では、橋の上下で多数の死傷者を出し、また阪神淡路大震災では、橋の親柱3本が倒壊破損するなどの被害を受けました。
折れた親柱は、モニュメントとして橋の傍らに置かれています。

大輪田泊(おおわだのとまり)は兵庫県神戸市兵庫区に所在していた港で、現在の神戸港西側の一部に相当する。12世紀後半の平清盛による修築が有名。輪田泊(わだのとまり)ともいい、古くは務古水門(むこのみなと)とも称した。平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて日宋貿易で栄えた(Wikipediaより)

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コメント

清盛の時代に港だったという事は、そこまで海があったという事ですね。
時代とともに、だんだんと海岸線が後退している訳ですね。

清盛はこの港から海外に向けて、壮大な夢を持っていたのでしょうね。

投稿: merry | 2010年3月 5日 (金) 13時51分

merryさん、コメントありがとうございます!

>清盛はこの港から海外に向けて、壮大な夢を持っていたのでしょうね。

国内だけでなく、海外に目を向けていた

時代の先端を行くような人だったのですね。

やはり偉大な人物だったのでしょうね。

投稿: しずか | 2010年3月 5日 (金) 14時53分

 しずかさん こんにちは。

 大輪田泊 私もすぐ思い出す地名です。
しずかさん、merryさんがおっしゃるように 清盛の壮大な夢の象徴となる港ですねsun

 ではまた(* ̄0 ̄)ノ

投稿: コウ | 2010年3月 6日 (土) 12時09分

コウさん、こんにちは!

大輪田泊や福原と聞けば、清盛もことが

すぐに浮かびますね。

それだけその地域に貢献したということ

ですね。

投稿: しずか | 2010年3月 6日 (土) 15時35分

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