「江」の舞台・長浜散策 知善院
豊臣秀吉が長浜城を築城した際、小谷城から移して、町の鬼門の役割をしたといいます。
表門は、長浜城搦手門の遺構といわれ、本尊の阿弥陀如来立像と、脇侍の観音・勢侍菩薩像は、秀吉が播磨の円教寺から持ち帰ったものとされています。
また、大坂城落城の時に城内から持ち出された秀吉の木像が安置されています。
観音堂の十一面観音坐像は、運慶作と伝えられ、国の重要文化財に指定されています。また淀殿から、妹のお初の夫京極高次に宛てた自筆の消息(書簡)も保管されています。
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