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2011年9月29日 (木)

源氏塚

東京の源平史跡編を少しお休みして、今日から東海~関西エリアの源平史跡を紹介します。
まずは名古屋編です。

近鉄名古屋線の近鉄蟹江駅から歩くこと15分・・・とガイドブックには書いてあったのですが、道を尋ねても、目的の公園を知らないという方ばかりで、道に迷うこと30分(;;;´Д`)
結局往復1時間以上かかってしまいました( ̄○ ̄;)!

1159年(平治元)年、平治の乱で平清盛に敗れた源義朝は、知多の内海に逃れる途中で蟹江に立ち寄り、一時漁民にかくまってもらったといわれています。

ここ源氏塚公園の中に「源氏塚」という石碑が、また公園の隣には、八幡社があります。

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当時、小島であったこの地には、今でも源氏島という地名が残っています(o^-^o)

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源義朝」カテゴリの記事

コメント

名古屋市蟹江の源氏塚公園!
本当に良く探し当てましたね!
感嘆です!

四方さま、早速読んでいただきありがとうございます。

調べて行ったからには、執念深く(笑)探すようにしています!
ただ、この公園は持っていた地図が違っていて、余計に苦労しました。

 義経の叔父、鎮西八郎為朝の記録が無いです!しずかの名から先ず、義経としずかの関係ある処、そして父や兄弟が先になりますね!
 義経は自刎せずモンゴルに渡ってジンギスカーンとなった説、この強弓で名高い暴れん坊の鎮西八郎為朝も庶子で九州へ追放され、そこで又暴れて、腕の健を切られて伊豆大島へ島流し、又大暴れ父の為義が、自刎させて、首を京都の朝廷へ送り届けた!
 しかし、偽首で、鎮西八郎為朝は琉球へ逃れてそこの王となった説!
ヒーローには永遠に生きていて欲しい庶民の願いですね。

公園というのは身近なものなので、利用することはあっても、名前を知らない人が多いですね。

お寺も同じです。
お寺があるのは知ってしても、名前は知らない・・など。

ゆかりの地めぐりは、充分な下調べをしても、迷うことたびたびです(笑)

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