大阪 住吉大社
住吉大社は、大阪市住吉区住吉にある神社で、海の神である住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)と息長足姫命(神功皇后)を祀り、下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉とされています。
住吉大社は海の神として、奈良時代、遣唐使の派遣の際には、海上の無事を祈りました。
嘉応元年(1169)には清盛も参詣し、馬や黄金を奉納したと記されています。
そして、「平家物語」では、住吉大社から平家滅亡を暗示させる不吉な矢が飛び去ったと記されています。
また、清和源氏の源満仲は、摂津守であった天禄元年(970年)に住吉大社に参籠し、住吉大神の神託により摂津国多田(兵庫県川西市多田)を源氏の本拠地としました。
満仲の三男で河内国壺井(大阪府羽曳野市壺井)を本拠地とした源頼信を祖とする河内源氏とは源為義の頃には婚族の関係にありました。
後に源頼朝が建久6年(1195年)3月の上洛の際、住吉大社に多数の御家人を集め流鏑馬を行っています。
住吉鳥居
反橋
太鼓橋 とも呼ばれ、川端康成が小説「反橋」で「上るよりもおりる方がこはいものです」と書いたことでも知られています。
本殿
現在ある本殿は全て1810年(文化7年)に造られました。第一本宮から第四本宮にいたる4棟からなっており、神社建築史上最古の様式の一つで、国宝建造物に指定されています。
誕生石
源頼朝の愛妻・丹後局 がここで出産した場所と伝えられ、その子が薩摩藩「島津氏」の始祖・島津忠久と伝えられています。
NHK大河ドラマ「平清盛」HP、住吉大社公式HP参照
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>川端康成が小説「反橋」で「上るよりもおりる方がこはいものです」と書いた
錦帯橋を渡った事がありますが、降りるほうが怖かった記憶があります。
でも、スリルがあって、面白かったかも(笑)
投稿: merry | 2012年4月 6日 (金) 21時22分
merryさん、たしかに上るより降りる方が怖いですね。
この日は土砂降りだったので、境内を歩くだけでも
滑りそうで怖かったのを覚えています。
投稿: しずか | 2012年4月 6日 (金) 21時29分