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2012年6月 7日 (木)

判官松伝承地

久し振りに義経さまゆかりの史跡ですwink

大阪の西淀川区の大野下水処理場正門前に判官松伝承地の碑があります。

源平の戦いのあった1185年(元暦2年)2月16日に、平家追討のために大物の浦(尼崎市)から屋島に向けて軍艦を出した九郎判官義経(源義経)が、折からの突風のために大和田の浦(西淀川区大和田)に漂着しました。
そこで当時の住吉大明神(大和田住吉神社)に海上安全を祈願し、再度軍容をたてなおして18日未明に順風を利用して四国に向かいました。
このときの由縁の松を判官松といい、義経の腰掛松とも手植の松とも呼ばれて伝えられています。その後、判官松は樹容壮麗となり西摂の名勝として遠近に知られるだけでなく、淀川尻の標識として舟人の親しむところとなりましたが、惜しいことに明治10年の落雷によって焼失してしまいました。(案内板より)

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今は松はなく、この石碑のみが立っています。
この下水処理場を目標にしないと、なかなか見つけられない碑です。

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この近くには「大野せせらぎの里」という緑地があり、池の周りに遊歩道やせせらぎ、あずまやがあり、水生植物や、常緑樹、落葉樹、草花などが植えられているそうです。


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コメント

まあ、自然のものだからしょうがないのでしょうが、落雷でなくなったとは、残念ですね。
でも戦乱で焼かれたりするよりも、まだましかな?

投稿: YUMI | 2012年6月 8日 (金) 09時11分

YUMIさん、コメントありがとうございます!

そうですね。
何百年もの間、生き続けることは木でも難しいですよね。
松がなくなっても、この碑が残されている以上、松の存在を忘れて欲しくないですね。

投稿: しずか | 2012年6月 8日 (金) 10時02分

義経ゆかりの松が、明治10年まであったという事じたいがすごいですね。
「樹容壮麗」と書かれていますが、さぞかし大きな松に成長していたのでしょう。

落雷で喪失しても、それでも石碑を残すのは、やっぱり義経は人気があるということですね。

投稿: merry | 2012年6月 9日 (土) 13時11分

merryさん、義経ゆかりの松とか腰掛石とか
全国各地にありますね。
そのものが無くなっても石碑は残る・・・こうして後世に語り継いでいかなければなりませんね。

投稿: しずか | 2012年6月 9日 (土) 14時46分

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