住吉神社の判官松の碑
大阪市西淀川区大和田の住吉神社の境内にも判官松の碑があります。


判官松の碑由来
平家物語巻第11逆櫓の記述によれば「元暦2年2月3日九郎大夫判官義経都をたつて摂津国渡辺(今の堀江)よりふなぞろへして八嶋へすでによせんとす。三河守範頼も同日都をたつて摂津国神崎(今の西淀川)より兵船をそろえて山陽道におもむかんとす」とある。平家追討の軍勢は折からの台風の襲来にあい一時避難余儀なくされ、陣を張つたのがこの地である。その時義経はあらためて住吉大明神に海上安全の祈願をし一本の松の苗を手植えした。それが判官の松の由来である。
亦一説に義経の軍が流れ着いた時、大和田の庄屋が鮒の昆布巻を献上しこまごまと生活の煩事を援助した。喜こんだ義経は食事の箸を地中に立てその意を天に示した。どうしたことかみるみるうちに行きかえり松の姿に生長した。
尚この庄屋に「鮒子多」(ふじた)の姓を与えたとも伝えられている。(大和田墓地に鮒子多家の塚と墓石が現存している)爾来この判官の松は年と共に天を突き沖を往き交う船人たちに航海の指針として親しまれた。明治10年雷火の為に不幸にも焼失の災にあい今はその大要を地元青年団が石に刻み後世に伝えている。
万葉歌碑
「浜きよく浦なつかしき神代より千船のとまる大和田の浦」
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大阪市西淀川区大和田の住吉神社の境内にも判官松の碑と大和田墓地に鮒子多家の塚と墓石が現存している。とは大変面白いことですね!
投稿: willy_tsuguo_shikata | 2012年6月14日 (木) 04時54分
四方さん
大阪は今まで大阪城周辺の史跡めぐりが主だったので
ここまで足を延ばしてみました。
投稿: しずか | 2012年6月14日 (木) 23時26分
落雷で焼失した義経ゆかりの松にちなんで、ふたつの碑があるのですね。
それだけ義経は人気があるということが、よく分かります。
投稿: merry | 2012年6月15日 (金) 10時33分
merryさんへ
>落雷で焼失した義経ゆかりの松にちなんで、ふたつの碑があるのですね。
そうなんです。
二つの碑を間違えて訪ねて行く人もいるかもしれませんんね。
投稿: しずか | 2012年6月15日 (金) 11時17分