« 神戸の源平史跡を訪ねて(33)柳原天神社 | トップページ | 修善寺の旅(2)独鈷の湯 »

2012年11月12日 (月)

修善寺の旅(1)源範頼ゆかりの日枝神社

2010年の秋に旅した修善寺編をスタートします。

すでにアップしたつもりでいたのですが、まだでした~(^_^;)


まず最初に訪れたのが、源範頼ゆかりの日枝神社です。



ここは、兄・頼朝に、謀反の疑いをかけられ、修善寺に幽閉された範頼が自害した場所です。















源 範頼(みなもと の のりより)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将。河内源氏の流れを汲む源義朝の六男。源頼朝の異母弟で、源義経の異母兄。遠江国蒲御厨(浜松市)で生まれ育ったため蒲冠者(かばのかんじゃ)、蒲殿(かばどの)とも呼ばれる。その後、藤原範季に養育され、その一字を取り「範頼」と名乗る。治承・寿永の乱において、頼朝の代官として大軍を率いて源義仲・平氏追討に赴き、義経と共にこれらを討ち滅ぼす大任を果たした。その後も源氏一門として、鎌倉幕府において重きをなすが、のちに頼朝に謀反の疑いをかけられ誅殺された。(Wipediaより)

修善寺とは違って、訪れる人がなく、ひっそりとしていました。

応援のポチッのご協力お願いします。wink

人気ブログランキングへ

|
|

« 神戸の源平史跡を訪ねて(33)柳原天神社 | トップページ | 修善寺の旅(2)独鈷の湯 »

コメント

 蒲冠者の源 範頼が源頼朝に疑われ誅殺されたのはここですか!
 平家を滅ぼした大功が源義経同様に身を滅ぼす結果となったのですね!
 源家の結束は良くなかったが、結果は源頼朝が朝廷から大江氏などの知識人を招き、征夷大将軍となり武家政治を始めています。
 今の日本の大方の原形はこの鎌倉時代といわれてますね!
 ありがとうございました。

投稿: 四方續夫 | 2012年11月12日 (月) 04時10分

四方さんへ

出発前のお忙しい時にコメントありがとうございます。

頼朝の疑い深さは異常なほどですね。
そこまでしなくてはいけなかったのは、自分が良い例なのでしょう。
一門の結びつきという点で、平家と源氏は正反対ですね。

投稿: しずか | 2012年11月12日 (月) 18時31分

源平の合戦で活躍した範頼・義経の末路は、2人ともあわれですね。

それでも後の世で義経は英雄として語り継がれていますが、範頼は知名度が低いです・・・

浮かばれませんね~(笑)

投稿: merry | 2012年11月13日 (火) 13時50分

merryさん

範頼は私の地元から近いところで生まれた人なので、もっと有名になって欲しいと思っていますよ!

いつか大河の主役に・・・って無理かな?(笑)

投稿: しずか | 2012年11月13日 (火) 22時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 神戸の源平史跡を訪ねて(33)柳原天神社 | トップページ | 修善寺の旅(2)独鈷の湯 »