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2012年12月24日 (月)

三草山合戦 佐保神社

加東郡社町にある佐保神社

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伝承によれば、義経は、三草山の合戦後、兵士を当社に集めて、次の作戦を立てたといいます。土肥実平に主力軍を預け、平家軍を追って南下し、一の谷の西の木戸を攻撃するように命じ、自らは少数の兵を率いて、朝光寺から池之内を経て、天神の掎鹿(はしか)寺へ入ったといわれています。(神戸史跡ハンドブックより)

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佐保神社由緒
 
 当神社は、第11代垂仁天皇の御代に創建され、延喜式にも所載の古社であります。
初め坂合神社と呼ばれておりましたが、いつの頃からか佐保神社と称されるようになりました。
 鎌倉時代には、朝廷や幕府の崇敬を集め隆盛を誇り、八丁四方に、内の鳥居、一里四方に外の鳥居を造営し、その中の一基(西の内の鳥居)は、現在でも社町鳥居地区に地名となって残っております。
 室町期に入り、度々の騒乱により一時荒廃いたしましたが、江戸時代に到って姫路城主池田輝政公の祈願所として社領十石を寄せられ、さらに幕府より御朱印社領十石を賜るなど、ようやく復興いたしました。
 また明治時代になり、官国幣社に次ぐ近郷唯一の県社の社格を付与されました。なお、社町の名は、往古より「佐保社村」と呼ばれ、当神社の門前町として発展してきたことに由来し、北播磨の雄として栄えてまいりました。
 現在の本殿は、延享四年(1747)に再建されたもので、三間社流造り正面千鳥破風・軒唐破風付銅板葺で、弊殿・拝殿・瑞神門とともに、華麗な彫刻で飾られております。
 御祭神は、東殿(向かって右)天照大御神
      中殿(中央)   天児屋根命
      西殿(向かって左)大己貴命
 この他境内神社には、恵比須神社・諏訪神社・八幡神社・神明神社・愛宕神社神社・金比羅宮・稲荷神社・先宮社・天神社などがあります。
 (佐保神社案内板より) 

鎌倉時代、北条政子が当社を崇敬し、本殿の再建や四方に八基の鳥居を建てさせたりしているそうです。

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コメント

ここは、同じ名前の神社があって間違った所ですね。

同じ名前で近くにあるなんて、間違うのも無理はないですね(笑)

投稿: merry | 2012年12月24日 (月) 16時45分

merryさん、そう!ここです。

3人で迷ってぐるぐるしましたね(^_^;)

そんなことも過ぎてしまえば、楽しい思い出です。

投稿: しずか | 2012年12月25日 (火) 22時40分

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