« 狩宿の下馬桜 | トップページ | 清和源氏発祥の地・多田神社(2) »

2013年8月26日 (月)

清和源氏発祥の地・多田神社(1)

阪急電鉄宝塚線「川西能勢口駅」下車。阪急バスにて「多田神社前」で降りるとすぐに鳥居が見えます。

Img_3520_b

猪名川にかかる橋を渡ると、多田神社の南大門に行き着きます。

Img_3522_b Img_3557_b Img_3556_b

Img_3523_b Img_3524_b Img_3525_b

多田神社
は、兵庫県川西市にある神社で、多田院として国の史跡に指定されています。この地は清和源氏武士団発祥の地であり、この地に居城を構えた源満仲によって天禄元年(970年)に天台宗寺院として建立されました。明治以前までは多田院と称した寺院でしたが、神仏分離の際に神社となりました。

多田神社は清和源氏の霊廟として、源満仲、源頼光、源頼信、源頼義、源義家を祀っています。

現在の社殿は、寛文年間に徳川家綱が再建したものです。

南大門

Img_3527_b Img_3528_b

多田院のもとの仁王門。
明治4年神仏分離で、仁王像は満願寺山門に移転され、安置されています。

Img_3530_b Img_3531_b

随神門

Img_3532_b
 

徳川四代将軍家綱公により再興されました。
両脇に築地塀が付いた三楝造と呼ばれる八脚門。

神馬舎

Img_3537_b

拝 殿

Img_3533_b_2 Img_3534_b Img_3535_b Img_3536_b 

徳川四代将軍・家綱公により再興。入母屋造、檜皮葺屋根

本殿

Img_3538_b

徳川四代将軍家綱公により再興。桃山時代の姿をそのまま継承した、
素木の入母屋造、檜皮葺屋根

神廟(源満仲、頼光両公の御廟所)

足利尊氏公以下、足利歴代将軍の分骨も収められています。
本殿真裏にあり、禁足地帯になっています。

Img_3543_c

応援のポチッのご協力お願いします。


人気ブログランキングへ

« 狩宿の下馬桜 | トップページ | 清和源氏発祥の地・多田神社(2) »

源満仲」カテゴリの記事

コメント

しずかさんは攝津国は大変詳しく調べて記事にしておられますね。
小生は、河内・和泉国は2度見ていますが、攝津国は詳しくないので見に行きたいと思慮しています。

四方さんへ

>しずかさんは攝津国は大変詳しく調べて記事にしておられますね。

いえいえ、まだそれほどでもありませんよ。

また今年行く機会があれば良いのですが。

先日四方さんに、神社の随神門について教えてもらったので、興味をもって読みました。

>両脇に築地塀が付いた三楝造と呼ばれる八脚門。

そういえば、このような門と築地塀が付いている神社を見たことがあります。

今まで何気なく見過ごしていたことが、やっと意識して見られるようになりました(笑)

merryさん、建築物については京都検定で勉強しました。
おっしゃる通り、何気なく見ているものも、知識を持って見ると見逃していたものまで見えてきますね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 狩宿の下馬桜 | トップページ | 清和源氏発祥の地・多田神社(2) »

2023年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

無料ブログはココログ