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2014年1月

2014年1月31日 (金)

二位尼・安徳天皇を祀る三翁神社

厳島神社の裏手に鎮座する三翁神社

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明治以前は、山王社といわれていました。

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祭神は、

中央殿に佐伯鞍職・所翁・岩木翁・安徳天皇二位尼・大綿津見命

左殿に大巳貴命・猿田彦神

右殿に御子内侍竹林内侍・徳寿内侍各祖神
をお祀りしてあります。

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清盛も清盛神社が創建されるまでは三翁神社にお祀りされていました。

毎年10月23日にお祭りがあり、舞楽が奉奏されます。

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2014年1月24日 (金)

厳島神社(2)鏡の池~西回廊

厳島神社の社殿の中を進んで行きます。

鏡の池
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潮が引くと手鏡の形をした池が現れます。(夕方まで粘って撮影しました!)

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卒塔婆石
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鹿ヶ谷の陰謀で、平家滅亡を企てた罪により、僧俊寛・藤原成親らと共に鬼界ヶ島に流された平康頼が、母を偲んで2首の歌を千本の卒塔婆に書いて流し、その内の1本がこの石の所へ流れ着きました。

「思いやれしばしと思う旅だにも 猶故郷は恋しきものを」
「薩摩潟沖の小島に我ありと 親にも告げよ 八重の潮風」

高舞台

舞楽が舞われる舞台

厳島神社に伝承されている舞楽は、清盛によって大阪四天王寺から移されたものです。

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能舞台

日本で唯一海に建つ能舞台です。

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反橋

別名「勅使橋」ともいい、天皇からの使者(勅使)だけがこの橋を渡ることができました。

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西廻廊は61間あり、西の出口は、唐破風造りになっています。

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床板は、1間に8枚敷いてあり、釘は使用しておらず、板と板の間は少し開いています。

これは、潮が高い時や台風時に波のエネルギ-を減免・消波する構造になっていてるそうです。

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昔は、西側が入口であったといいます。

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2014年1月16日 (木)

厳島神社(1)東回廊~大鳥居

厳島神社の創建は、推古元年(593年)、佐伯鞍職によると伝えられます。
島全体が神の島として崇められ、海中に社が建てられました。
平清盛が久安2年(1146)安芸守に任官され、平家の氏神として崇敬。

仁安3年(1168年)には、佐伯景弘が清盛の援助を得て、現在のような海上社殿を造営しました。
東側廻廊は47間、入口は切妻造りで、屋根は檜皮葺で、棟には棟瓦が載せてあります。

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私が到着した時、満潮時でまさに海に浮かぶ社殿でした。

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神社の大鳥居は、木造で鳥居の種類としては両部鳥居(四脚鳥居)です。

高さ約16.6m、棟の長さ24.2m、主柱周り9.9m、総重量は約60t

主柱は楠の自然木を、袖柱は杉の自然木を使っています。

現在の大鳥居は、平安時代から8代目にあたり、明治8年(1875)に再建されました。

笠木は箱になっており、拳大の石が約7t詰められています。

根元は海中に置かれているだけで、自重で立っているというのが驚きです。

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2014年1月 7日 (火)

二位尼の石燈籠

宮島桟橋から海岸沿いを歩いて行きます。

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宮島桟橋から嚴島神社にかけての浜辺は、有之浦と呼ばれ、その昔ここから後白河上皇や高倉天皇らの船が出入りしたといいます。

また壇ノ浦で入水した清盛の妻・平時子(二位尼)の遺体が打ち上げられたという伝説が残っています。

二位尼の石燈籠
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夕暮れの有之浦
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特別史跡 特別名勝 厳島

厳島(宮島)は周囲30km、全島花こう岩からできている。島の最高峰 彌山(みせん)は530m 頂上からの内海の眺めはすばらしい。これを中心にいくたの峰・渓谷を生じ、海岸線は変化に富んでいる。彌山山頂を含む地域は原始林として天然記念物に指定されており、樹種がはなはだ多いので、ここを住みかとしている鳥獣の種類も少なくない。
いつくしまの呼び名は、神をいつきまつる島、に由来するといわれており、古くは、島そのものが神として崇拝されたもので、厳島神社に対する、平清盛一門の信仰は名高く、海に浮かぶ社殿の構想もこの時にはじまる。ひはだぶき、朱塗の社殿が緑の山を背負い、おだやかな海にのぞむ景色は自然と人工のすぐれた調和美をなし日本三景のひとつと賞せられてきた。大鳥居・社殿・平家納経などをはじめ国宝・重要文化財が少なくない。また付近には毛利元就と陶晴賢の古戦場など史跡と富んでいる。

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2014年1月 4日 (土)

地御前神社

広島電鉄宮島線「地御前駅」から徒歩約10分、宮島の対岸に位置している地御前神社

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奈良時代、厳島神社の摂社として造営されました。

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本来、厳島は島全体が聖地と見なされ、人が住むことは禁じられていたので、人々は地御前神社から対岸の厳島を拝んでいました。

拝殿の中

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拝殿の後ろに見える本殿

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祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)
旧暦の5月5日には御陵衣祭(ごりょうえさい)、旧暦の6月17日には厳島神社と地御前神社で管絃祭が行われます。

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御祭神 

御本宮は嚴島神社の御本宮の御祭神と同じく市杵島姫命を中心として、田心姫命、湍津姫命の所謂宗像の三女を奉斎せり。御客人宮の御祭神は嚴島神社の御客人の御祭神(活津彦根命、天穂日命、天忍穂耳命、天津彦根命、熊野樟日命)と同じ。

御由緒

御鎮座の年代は詳らかならざるも、社伝には嚴島神社(御本宮、内宮)と同じと云ひ伝えられ、御本宮御鎮座の年、推古天皇の端正元年大歳葵丑の年である。明治御維新までは、嚴島神社御本宮を内宮、地方(ぢかた)の御前の御本宮を嚴島外宮と称えたり。御奉斎の嚴島大明神は「道主貴※」と称え奉り、専ら、天孫を助け奉り、常に天孫の為に、海陸の安全を斎ひ奉り給ふ神なれば、古来皇室及国家の鎮護、海陸の守護神として、盛んに、上下の尊信敬排を受けさせ給う。嚴島御本宮の御鎮座記によれば、佐伯の郡の住人佐伯鞍職に幽事を、百王を鎮護す。と示現ありしと云ふ。この御鎮座の所を合浦といふ。

(案内板より)

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2014年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

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皆様、明けましておめでとうございます!

今年も源平ゆかりの地を旅していきたいと思っていますので、応援よろしくお願いします
m(__)m

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