« 後白河院の勅願寺・尾道の浄土寺 | トップページ | 新羅三郎義光の墓 »

2014年6月28日 (土)

新羅善神堂

京阪電鉄石山坂本線の別所駅下車。

歩道沿いの大津絵と説明を見ながら歩くこと約5分。

弁慶

Img_5582 Img_5583

Img_5584 Img_5585

弘文天皇陵のすぐ西側にある鳥居をくぐり右側の石段を上がると、国宝の新羅善神堂があります。

弘文天皇陵

Img_5595_shiga

新羅善神堂

Img_5594_shiga Img_5588_shiga

園城寺(三井寺)の鎮守社の一つで、園城寺最古の木造建築物、三間社流造の建築。

足利尊氏によって1347年に再建されました。

堂内には、平安時代の作である木像新羅明神坐像(国宝)が祀られています。

新羅明神と源氏の関係は深く、源頼義は前九年合戦の出陣の際、新羅明神に線視唱祈願し、頼義の三男・義光は新羅明神の社前で元服し、新羅明神義光と名乗りました。

Img_5589_shiga Img_5590_shiga

新羅善神堂

堂は三間四方の流れ造り、屋根は檜皮葺きの美しい建物で、国宝に指定されている。
暦応3年(1339)足利尊氏が再建した。
新羅明神は園城寺開祖智証大師の守護神で、本尊新羅明神坐像も国宝。
源頼義の子・義光がここで元服し新羅三郎義光となのったのは有名である。

本殿

Img_5591_shiga Img_5592_shiga

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ

« 後白河院の勅願寺・尾道の浄土寺 | トップページ | 新羅三郎義光の墓 »

源義光」カテゴリの記事

コメント

新羅善神堂は行ったことがありません。
綾部産の足利尊氏公が再建した諭旨。
8月8日の大津花火大会の時に参拝します。
ありがとうございました。常陸、上総、下総、安房8日間の旅の最終つめで大津のことまだまだでした。何しろ、久しぶりの夜行バスやJRで見て回るのにこの関東は広すぎてJRでの移動は時間がかかり、見るところが少ししか見れません。

四方さん、コメントありがとうございます。

ここは、めりいさんに案内していただきました。
なかなか地元の方でも知らないところではないでしょうか。
大津の花火大会、夏休みの日程の調整がうなくいけば行きたいのですが・・・

関東の旅、移動だけでも大変でしょうね。
無理のないスケジュールでまわってくださいね!

新羅善神堂・・でましたね~(笑)

でもしずかさん、うまく文章をまとめられましたね。

私はこんなに沢山の文章は書けません(T_T)

めりいさん、地元の方しか知らないようななマニアックな史跡に連れて行っていただきありがとうござましたm(__)m
こんなところに源平ゆかりの史跡があるとは!

弁慶の絵てあったんですね。
三井寺にあんなところがあるなんてみんなしらないでしょうね。
大昔中学生のころいいって怖いとおもいましたわ。。
屋根もきれいにふきかえられていますね。墓は大分上にありますね。
でもひとりではこわいところですね。

そば打ちおじさん、コメントありがとうございます!

偶然ですが、弁慶の大津絵に出会えてテンション上がりました\(^o^)/
時間があれば、もっと他の絵も追ってみたかったです。

新羅善神堂は、立派な建物でしたが、ここから奥は怖い道でした(-_-;)


コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 後白河院の勅願寺・尾道の浄土寺 | トップページ | 新羅三郎義光の墓 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ