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祇園神社と東福寺

清和天皇の時代、貞観11年(869)、姫路市の広峰神社から京都の八坂神社に分霊を移す途中、その御輿が平野の地で一泊し、その霊験あらたなのを仰ぎ、御社を奉ったといわれています。
また、平清盛は経ケ島を築造の際、祇園神社の裏山にあった上伽寺で海潮の響きを聞きながら計画を練ったと伝えられています。

祗園神社(神戸市兵庫区)

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その上伽寺の山号「潮音山」は清盛が名づけたそうですが、源平合戦で焼失してしまいました。
以後上伽寺の復興を願って再建されたのが、東福寺となったそうですが、阪神大震災により全壊し、その後再建されました。

境内までは88段の急な石段が続きます。

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境内からの眺望

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帰りはまたこの急な階段を下りて行きます。

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アクセス:JR三ノ宮駅そごう前、JR神戸駅前、市営地下鉄湊川公園駅より 

市バス⑦(平野下車)

東福寺

現在は近代的な建物です。

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神戸市兵庫区五宮町18-1

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平清盛」カテゴリの記事

コメント

神戸市兵庫区あたりは、海と山が迫っていて、急な階段が多いですね。

でも少し登れば絶景が見られるので、登った甲斐があります(笑)

清盛様は海潮の響きを聞きながら、経ヶ島の計画を練ったのですね。

ロマンチックです。

めりいさん、コメントありがとうございます。

階段登ったら絶景が待っていると聞いていたので、頑張りました(笑)

清盛公にはロマンチックな面があったとは意外ですね。

凄いですね!
やっぱり神戸1泊以上泊まりで史跡めぐりを再度しなければの感!です。
見事な景色が見れ頑張られた甲斐がありましたね。
平清盛公は非常にロマンチックで優しい面があったと理解しています。
義母の池禅尼の亡くなった息子に源頼朝が似ており、自分の息子を殺すようです。と嘆願して頼朝を救い遠島ですませた結果、平家は滅びたようなものですね。

すごい階段。
めげそう。
でも、それだけにすごい景色ですね。
こんなところで清盛に思いをはせるのもいいですね。

四方さん、お忙しい中、コメントありがとうございます。

神戸の源平史跡はかなり回りました。
まだ記事にしてなかったものもあり、画像を遡って調べています。

清盛公には私も優しい面があったと思っています。頼朝を殺さなかったこともそのひとつですね。

YUMIさん、こちらにもコメントありがとうございます。

上りの階段はもちろんきつかったのですが、帰りの降りる方が怖くて時間がかかりました。
こんなところで落ちたら大変ですものね(~_~;)

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