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2015年2月

伊東祐親の館跡

伊東市大原2丁目にある伊東市役所に隣接する物見塚公園は、伊東祐親の館跡といわれ、祐親の騎馬像があります。

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伊東市街から初島まで望める小高い丘の上にあり、かつて櫓を組んで敵情の見張りをしたと伝わる物見の松などがあります。

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物見の松は、昭和57年に枯死ししてしまい、今はその塚の上に三代目の松が植えられています。

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伊東祐親の墓

伊東市大原に、伊東祐親の墓と伝えられている五輪塔があります。

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伊東祐親は伊東の庄の豪族として、源頼朝が伊豆に配流された時の監視役でした。

しかし祐親が大番役で上洛している間に、娘の八重姫が頼朝と通じ、頼朝との間に千鶴丸を儲けてしまいます。祐親はこれに激怒し、千鶴丸を殺害、さらに頼朝自身の殺害をも図りました。

頼朝の乳母・比企尼の三女を妻としていた次男の祐清が頼朝に知らせたことで、頼朝は熱海の伊豆山神社に逃げ込み、北条時政の館に匿われて助かりました。

その後、頼朝が旗揚げし、勢力を盛り返して坂東を制圧すると、祐親は逆に追われる身となり、富士川の戦いの後捕らえられ、娘婿の三浦義澄に預けられます。

義澄による助命嘆願により、一時は一命を赦されましたが、祐親は関東の武士団が源氏に加勢する中、平氏の恩顧を忘れず、自刃したと言われています。

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伊東氏の尊崇と保護を受けた葛見神社

伊東市馬場町の葛見(くずみ)神社は、伊東氏の尊崇と保護を受けた神社で、伊東祐隆は当神社を修造するとともに、近くに東林寺を創建して別当寺として当神社を管理させました。

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相殿に京都伏見稲荷を勧請合祀しています。

境内にある大クスは国指定の天然記念物。

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この時、ちょうど社殿の修復中でした(^_^;)

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頼朝が八重姫との逢瀬を重ねた日暮神社

日暮神社は、八重姫との逢瀬を楽しみに、頼朝が日暮らし過ごしたというロマンスの伝承が伝わる神社です。

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音無神社と日暮神社を結ぶ橋「岡橋」には、頼朝と八重姫の逢瀬が描かれています。

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