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三島の旅(3)右内神社と左内神社

右内神社は、左内神社とともに三嶋大社の御門の守護神で、下田街道を挟んで左右に祀られています。種々の文書や宝物がありましたが、火災でことごとくなくなってしまったそうです。

右内神社
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源頼朝が、三嶋大社に百日参籠する際、度々立ち寄ったといいます。

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頼朝公手洗水
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ある時、頼朝は、右内神社の参道に手洗水がなかったので、長刀で地面を突き刺すと、そこから清水が湧き出してきたといいます。

近くにある「うなぎの池」には三嶋大明神の使者と言われた鰻が川を下って集まり、冬越えをしたことから、「うなぎの宮」と呼ばれ、氏子は鰻を食べない習慣が明治の初めごろまであったといわれています。

3個の力石「乞食石」「女石」「立石一表」
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境内社
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左内神社
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周りはこんなのどかな景色が続いていました。

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源頼朝」カテゴリの記事

コメント

>右内神社は、左内神社とともに三嶋大社の御門の守護神で、下田街道を挟んで左右に祀られています。
いわくのある名前の神社ですね!
左内神社のハリギリは大変珍しい記ですね!
始めて見ました!

四方さん、コメントありがとうございます!

三嶋大社は有名ですが、この神社は地元の方でないと知らないかもしれませんね。

私もこのハリギリという木、初めて知りました。名前すら聞いたことがなかったです。

女石の重さ。
案内板に「23貫ハ八四kg」と書いてあるので、884kgかと思ってびっくりしました。

よくよく読めば「23貫は84kg」でした(笑)

日本語は難しい~

めりいさん、「貫」でいわれると、まったくわかりません(^_^;)

重さは㎏でしかわかりません(*^_^*)

この力石は一貫目が3つとも違った計算でKgに換算されていますね。
118.5÷32=1貫=3.70
88.4÷23=1貫=3.84
127÷34=1貫=3.73
さてどれが正当でしょうか?

ウイキペヂア:
江戸時代の一貫は分銅および定位貨幣の実測によれば平均して3.736キログラムで年代を通じてほぼ一定であったが、江戸時代後期(19世紀以降)にやや増加して3.75キログラムを超えたという[1]。1貫は1000匁に当たり、明治時代に 1貫 = 正確に3.75キログラム(kg) と定義された。

四方さん、「一貫」についての補足ありがとうございました。

江戸と明治では、「一貫」の定義が変わったのですね。

これは知りませんでした。

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