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三島の旅(21)真珠院 八重姫主従七女の碑

八重姫主従七女の碑

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八重姫に従っていた侍女6人が、真珠ヶ淵に身を投げた八重姫を葬り弔ったのが真珠院のはじまりだともいわれています。

侍女たちは、その後伊東へ帰る途中で自害したと伝えられています。

境内に「八重姫慕情」の歌碑というのがありました。

作詞 伊東まで  作曲 牧伸太郎  編曲 池多孝春

桜吹雪に 木漏れ陽の   揺れて無情の 憂いあり
伊豆韮山の 中條に   立てば遠き 空の果て
侍女に守られ 八重姫は   頼朝公を 御慕い
悲恋はかなく 落葉舟   真珠ヶ淵の 渦の中
里人いでて 走れども   岸高くして 底深く
夕暮れせまり いかにせん   救わせたまえ 姫の身を
那木の木末の そよぐ下   供養の塔に かけられし
小さき梯子 数いくつ   治承の昔 偲ばれる

どんな曲なのでしょうね~興味津々(^_^;)

本堂

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境内には1302(正安4)年銘の定仙大和尚塔、1335(建武2)年銘の宝篋院塔と五輪塔、1363(貞治 2)年銘の阿弥陀如来磨崖仏(いずれも町指定文化財)が残されています。

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八重姫」カテゴリの記事

コメント

>侍女たちは、その後伊東へ帰る途中で自害した
侍女たちまで死ぬことはないのにね。

主が死ねば、臣下も追随するのは、男の世界だけではないのですね。

めりいさん、侍女までも自害とは、悲惨な話ですね。

にしても頼朝さまは、罪な男ですね~(;O;)

歌の意味は解りますが、どのように歌ったのかやっぱり興味がありますね!

四方さん、どんな旋律なのでしょうね~

悲しい歌には違いないでしょうが・・・

こんばんは。 磨崖仏も石灯篭もユニークですね。
 大変な時代だったのですね。
 何度にも分けて旅をされているのですか。 素晴らしいです。

Minoruさん、こんばんは!

八重姫関連以外にも、磨崖仏も石灯篭など貴重なものを見ることができました。

10年以上、史跡めぐりをしていると、また同じところに行くことも多々あります。前回見逃したものを撮影したくて行くことも(^_^;)

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