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安徳天皇阿弥陀寺陵

下関の赤間神宮境内に、安徳天皇阿弥陀寺陵があります。

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壇ノ浦の戦いの1年後、安徳天皇の怨霊を鎮めるため源頼朝の命により阿弥陀寺御影堂が建てられた。御影堂(天皇殿)が安徳天皇社であり、京都方面を向いた東向きで造立された。『玉葉』によると、後鳥羽天皇の時代に長門国に安徳天皇の怨霊鎮慰のため、一堂が建立されている。阿弥陀寺は天皇怨霊鎮慰のため、まず木彫の等身大尊像が刻まれ、本殿の中心に厨子に収めて安置され、現在の本宮ご神体となる。その尊像の周囲に天皇を守護する平家一門10名の肖像が描かれ、その下段に位置する拝殿に安徳天皇の8年の生涯を8枚の障子絵に表した『安徳天皇縁起絵図』が飾られた。
明治時代の廃仏毀釈運動により、阿彌陀寺は廃されて、現在の安徳天皇を祀る赤間神宮となった。新たな社殿造営のため、御影堂解体が行われた際に、本殿床下に五輪塔の存在が確認されたことにより、数十箇所の陵墓の伝承地の中から、阿弥陀寺に隣接するものが陵墓とされ阿弥陀寺陵(あみだじのみささぎ)とされた。(Wikioediaより)

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なお、安徳天皇は壇ノ浦で入水せず、平氏の残党に警護されて地方に落ち延びたとする伝説があり、九州四国地方を中心に全国に20か所あまりの伝承地があります。

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安徳天皇」カテゴリの記事

コメント

大昔に一度参拝したのみです!
あまり印象には残っていなかったようです!

四方さん、ここは10年前に撮った画像があまりうまく撮れていなかったので、再度写し直しました。

安徳天皇が生き延びていて欲しいとは思いますが、全国に20か所あまり伝承地があるとはちょっと多すぎますね。
そう言えば、義経や静御前の伝承地も多いですね。

しずかさん、まだまだ回らなければいけない史跡が沢山あります。
ますます頑張らなければ・・(笑)

めりいさん、こんばんは!

源平ゆかりの地も、伝承地まで含めるとなると
一生かけても無理でしょうね(^_^;)

でも、こうした史跡めぐりも、エンドレスなのがまた魅力でもありますね。
また歴旅にお付き合いくださいね。

赤間神宮、なつかしいです。

大河「義経」のときに行きましたが、

今回は、大河「花燃ゆ」ブームでまた人気になって
いるのでしょう。

竜宮城のような雰囲気のあった神宮でした。

ラメールさん、コメントありがとうございます。

私は10年ぶりの訪問でした。

今回は源平でなく、幕末の視点で下関を見ましたが
ここはもう一度参拝したくて行きました。

安徳天皇は子供だった天皇だったかな?
生きてたかもしれないなんて
歴史はロマンいっぱいですね。

せいパパさん、おはようございます。

義経同様、安徳天皇にも生存説があるので、
それを信じたい気持ちです。
謎があるからこそ歴史は面白いですよね。

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