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赤間神宮(9)赤間神宮御旅所

下関市伊崎町に赤間神宮の御旅所があります。

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寿永4年(1185)3月24日、伊崎の中島組という漁業団が網を張って小門(おど)海峡で漁をしていた時、壇ノ浦で入水した安徳天皇のご遺体がいわし網にかかり、中島家がご遺体を陸上に引き揚げて安置した場所が「御旅所」であり、紅石山の麓に手厚く葬ったのが現在の安徳天皇阿弥陀寺陵であると伝えられています。

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「先帝祭上臈参拝」の翌日(5月4日)、赤間神宮を出発してこの小門の御旅所まで神輿(鳳輦)の往還する御神幸祭に当っては、中島家がこの御旅所に待機して上臈道中・上臈参拝を先導しています。

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安徳天皇」カテゴリの記事

コメント

下関市伊崎町にある赤間神宮の御旅所!
赤間神宮には多くの摂社や境内社やおまけにこの見事な御旅所!感嘆です!

四方さん、この御旅所は赤間神宮からは離れたところにあるので、10年前に行った時は、その存在すら知りませんでした。

>安徳天皇のご遺体がいわし網にかかり

そうなんですか、おいたわしい話です。
そして、地元の人により手厚く葬られたのですね。

源平合戦は物語ではなく、史実なのだとつくづく思います。

めりいさん、こんばんは!

幼い天皇のご遺体が、網に引っ掛かるとは・・・
心が痛みますね(;O;)

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