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2016年8月

源頼朝ゆかりの北向観音(1)北向観音堂~温泉薬師瑠璃殿 ~札所観音堂 (別所温泉)

北向観音は、寺伝によれば、平安時代初期の天長2年(825年)比叡山延暦寺座主・慈覚大師 円仁によって開創されたといいます。

北向観音堂
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安和2年(969年)平維茂によって三楽寺、四院、六十坊を増築され、大伽藍として大改修が行われましたが、木曽義仲の兵火により、八角三重塔と石造多宝塔を残して全て焼失し、源頼朝の命のもと伽藍復興が行われ、再興されました。

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鎌倉時代の建長4年(1252年)には北条国時によって再建されたと伝えられています。

江戸時代の正徳3年(1713年)に焼失し、享保6年(1721年)に現在の堂が再建され、その後度々修復を加え、昭和36年に増改築を施し、善光寺の本堂と同じ「撞木造り」となりました。

北向観音という名称は堂が北向きに建つことに由来します。
これは「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」という観音のお告げよるものといわれています。

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また、善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで善光寺のみの参拝では「片参り」になってしまうと言われています。

温泉薬師瑠璃殿
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観音堂に隣接する温泉薬師瑠璃殿は火災の後、現在の建物は文化6年(1809)、地元の人々によって再建されたもので、この地には、温泉の薬効でさまざまな病気を治すという温泉信仰があるそうです。

札所観音堂

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木曽義仲ゆかりの葵の湯(別所温泉)

長野県の別所温泉は、信州で最も古い歴史をもつ温泉といわれ、開湯にまつわる言い伝えは古代にまで遡り、開湯は第12代景行天皇の時代に日本武尊が東征している際に発見したのがはじまりとされています。

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別所温泉には3つの外湯(共同浴場)があります。

そのうちの一つが、木曽義仲ゆかりの「葵の湯」です。

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平安時代、平家討伐の為に挙兵した木曽義仲が、ここに立ち寄り、御湯屋を新築し、愛妾・の御前としばしば入浴していたので「葵の湯」と呼ばれていました。

その後、北条義政が信濃の守護職としてこの地に居を構え、浴室を建て、北条湯とも呼ばれていましたが、後にその溢れ出る湯の量の多さから「大湯」と改められました。

早朝から引っ切り無しに、地元の方達が朝風呂を浴びに来ていました。

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平重盛ゆかりの東福山・西光寺(4)日限地蔵

二代将軍徳川秀忠公と江(ごう)の五女・源和子(みなもとのまさこ)は、後水尾天皇の中宮として入内、東福門院と称されました。

上洛の途次、西光寺にてご休息されたおり、ご自身の守り本尊の木像地蔵菩薩立像、および木像阿弥陀三尊立像、東福山の山号、七堂伽藍を寄進されました。

兵火により七堂伽藍は消失してしまいましたが、不思議なことに、木像地蔵菩薩立像と木像阿弥陀三尊立像は、大火の消失を逃れ発見され、本堂に安置されています。

以来、日を限れば叶う霊験あらたかな日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)として評判となりました。

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