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2016年10月22日 (土)

善光寺 佐藤兄弟の供養塔

善光寺の山門の西側にある供養塔は、源義経の忠臣・佐藤継信・忠信兄弟の冥福を祈って建てられたといわれる二基の供養塔です。

      山門
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    佐藤兄弟の供養塔
Img_5263 Img_5265


境内で最も古い石塔で、長野市の文化財に指定されています。

継信は、屋島の戦いで、平家方が義経を狙って放った矢を身代わりとなって受け、戦死したとされています。

忠信は、義経と別れ、京に戻ったところを糟屋有季らの追捕を受け、戦ったすえに自害したといいます。

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佐藤継信・忠信」カテゴリの記事

コメント

佐藤兄弟の供養塔は山門の西にあったのですね。
見つけられて、良かったですね。

駒札によると、供養塔を建てたのは母とか。
二人の子供を亡くした母の悲しみが伝わります。

めりいさん、こんばんは!

やっとこの供養塔にお参りできました。

長野五輪で行った時は、雪・雪・雪・・・で
ほとんど何も見えない状態でしたので。

 佐藤継信、忠信の供養塔は、善光寺さんにもあったのですね。カテゴリの記事にあるように京都の馬町にも継信と忠信の塚が、ありますね。以前この近くの平重盛公のゆかりの正林寺や平徳子建礼門院ゆかりの三嶋神社にお参りした時に、京都おじゃこ かむらさんの横にある石碑は、拝見しましたが、奥までは気が付きませんでした。また機会があれば、お参りしたいと思います。

平家人さん、こんばんは!

京都の馬町、懐かしいです。
「義経」の放送があった年に、京都の源平ゆかりの地を隈なく回りました。
昔訪ねたところも、再度行ってみようかと思っています。

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