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2017年5月

2017年5月25日 (木)

熊野の長藤(2)遍照山西法寺跡

中に進んでいくと、見事な藤棚が広がっています。
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白藤も満開でした。
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ここには、昔 遍照山西法寺という寺院がありました。
 
遍照山西法寺跡
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遍照山西法寺跡
 
 ここには『遍照山西法寺(へんしょうざんさいほうじ)』という寺院がありました。西法寺は、今から約770年前の鎌倉時代の貞永年間(1232年)に創立された真言寺院で、本寺は高野山普門院、本尊は不動明王でした。真言宗は平安時代に空海(弘法大師)によって開かれたもので、遠州では袋井市の法多山、油山寺、磐田市の医王寺、浜北市の岩水寺、浜松市の鴨江寺、龍禅寺。三ヶ日町の摩訶耶寺などがあり、いずれも古い時代より続く大きな寺院です。
 豊田町の寺院も多くは真言宗により創立されました。しかし、鎌倉時代に広がった新仏教は、奈良・平安時代以来の貴族中心の信仰から庶民信仰の仏教へと大きく変化し、その流れの中で、町内寺院もほとんどが曹洞宗と時宗に改宗されました。江戸時代に書かれた『遠淡海地志(とおとうみちし)』によれば、この時代の町内四二カ寺のうち、曹洞宗三九、時宗二で、真言宗は西法寺の一カ寺のみとなっています。おそらく、西法寺は、鎌倉時代に広がった庶民仏教とは一線を画し、武士層など比較的経済的に恵まれた人々の信仰を集めていた寺院だったのではないでしょうか、現在では、お寺は浜松市に移り、五戸の檀家衆のうち豊田町内三戸の檀家衆によって法灯が守られています。


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2017年5月16日 (火)

熊野の長藤(1)熊野(ゆや)御前と平宗盛

今年も熊野の長藤を見に出かけて来ました。

行興寺
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「熊野の長藤」は、磐田市池田の行興寺にあり、平安時代、平宗盛に寵愛された熊野御前が植えたとされる推定樹齢800年以上を数える長藤で、国の天然記念物にも指定されています。

この長藤の開花期間の4月下旬から5月上旬にかけて催される、「池田・熊野の長藤まつり」では、能舞台での各種イベントや、池田の渡船の再現、屋台の曳き回しなどがあります。

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謡曲「熊野」と行興寺

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謡曲「熊野」と行興寺

遠江国池田の宿の長 熊野は、平宗盛(清盛の次男)の寵愛を受け、京都清水の桜見物に出掛けます。
熊野は病母から届いた手紙で見舞いに赴きたいと思い、宗盛に暇を乞いましたが聞きいれられず、やむなく宗盛に同行しました。
花の下の酒宴が始まり舞を舞った熊野は、俄かの村雨に散る花に寄せて、故郷の病母を気遣い
 
 いかにせん都の春も惜しけれど
         馴れし東の花や散るらん と

和歌を詠んだのを見て、宗盛も哀れに思い暇を与えたのです。
熊野はこれも清水観音のご利生と喜んで故郷へ帰って行きました。熊野は藤の花をこよなく愛し、行興寺本堂側に熊野が植えたと伝えられる老木あり、「熊野の長フジ」と称せられています。
 
          謡曲史跡保存会

熊野御前                              熊野御前花見

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熊野の長藤
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 熊野の長フジ 国指定天然記念物一本、県指定天然記念物五本

  国指定樹は、境内西北隅に位置し、幹は根元より分かれて二支幹となっている。根元で約1.8㍍もある。
  本堂前の境内地にある五本のフジは県指定樹であるが、国指定に劣らないフジの巨木である。ともに、樹齢は定かでないが老木であることは間違いない。
  花房が1㍍以上にも伸びて 紫色の美しい花をつける。一般的には「熊野の長フジ」と呼ばれている。そのいわれは、平安時代の終わりごろ、熊野御前が植えたとの伝承がある。熊野御前については謡曲熊野や平家物語にも登場する。親孝行で有名な美女である。
                                                                                                            

平成十八年三月 磐田市教育委員会

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 今年はちょうど見頃じゃないでしょうか。

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熊野(左)と熊野の母(右)の墓
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2017年5月 6日 (土)

源頼朝ゆかりの鳳来寺(3)仁王門

本堂から降りて仁王門へ

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ここから1425段の石階段が続きます。

源頼朝が13歳の時に、鳳来寺に3年間匿われ、その後鎌倉幕府を開き、謝恩の意を込めて本堂と三重塔を寄進。その折に石段も造ったと言われているそうです。

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仁王門が見えてきました。

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鳳来寺仁王門は、徳川家光の寄進によって建てられたもので、両側に大きな仁王像が立っています。

現存する仁王門は、慶安4年(1651)に再建された三間一戸、入母屋造の楼門、屋根は銅板葺。

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「鳳来寺」の額は、聖武天皇の御病気の折、光明皇后が鳳来寺の薬師如来に病気平癒のお願をかけ、天皇が御全快になったのでそのお礼に、皇后自ら「鳳来寺」の三字を書かれたといわれているものです。現在かかっている額は、改修の時作成されたレプリカです。

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ここからさらに階段が続きます。

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