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日蓮聖人の先祖・貫名氏の館跡に建つ妙日寺

そもそも、この疑問を持ったのは、我が家の愛犬のお墓があるお寺の入り口に掲げられてる「井桁と橘」の紋に始まります。

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気になって、井伊家に関係があるのかとご住職に質問したところ、それは日蓮宗の紋だという。
そこに偶然通り掛かった息子さんが、「日蓮のお父さんが、井伊家の人だからでしょう。」と。

と、前に訪ねた共生寺の説明と結びつき、袋井のあるお寺に向かってみました。

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袋井市の妙日寺は、正慶元年(1332年)身延山・久遠寺4世・日善を開山として、貫名次郎重忠の邸宅跡に創建されました。

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日蓮の父の法名「貫名山」を寺名としています。

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井伊家5代目当主・盛直の三男・政直が、遠江国山名郡貫名郷に所領を得て、貫名氏初代になりました。

日蓮の出生には諸説ありますが、

日蓮は、1222年(貞応元年)安房国長狭郡東条郷片海(現在の千葉県鴨川市)の小湊で誕生。
父は貫名次郎重忠、母は梅菊とされています。

貫名氏は、保元の乱(1156年)の頃、井伊氏より分かれた井伊・赤佐・貫名という分家のひとつであるといい、この系図が妙日寺に残されているそうです。

貫名氏4代目の重忠の四男の薬王丸というのが日蓮聖人の幼名とされています。

重忠は、源平合戦で、平氏に味方したため、鎌倉幕府から安房小湊へ流されたといいます。

妙日寺には、重忠夫妻のために、柳生但馬守によって建立された「妙日尊儀・妙蓮尊儀供養塔」は、江戸時代初期の形をよく残した五輪塔で、市指定文化財に指定されているそうです。
この五輪塔も見たかったのですが、参拝した日にちょうど境内の工事をしていていたため、墓所の見学は諦めました。

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本堂
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思親殿
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日蓮上人と両親の木像が安置されています。

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遠州七不思議のひとつ「片葉の葦」
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東国へ旅立った重忠を惜しむように東側に葉を付け茂っているそうです。

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