« 熊野の長藤(2)遍照山西法寺跡 | トップページ | 俊寛の碑 »

2018年5月16日 (水)

源義家ゆかりの円通寺

東京都荒川区南千住の円通寺
 
Img_1103_2
 
 
寺伝によれば、791年(延暦10年)坂上田村麻呂によって開かれたと伝えられています。
 
Img_1105 Img_1145
 
円通寺サイトによると、

当寺を中心に六里四方を観音原と呼んでいたが、八幡太郎義家が奥羽征伐して賊首四拾八を此処に埋め四拾八塚(首塚)を築いたことにより、小塚原とこの辺が呼ばれる様になった。
 
Img_1136 Img_1137


首塚の上に建っているのが、この寺の由緒「重興圓通寺記幵塔銘」が刻んである七重の石塔

石造七重の塔の銘に(現存する荒川区最古の石文)

「七層虚をあお凌ぎ、貞石兪々新たなり、永く惠日懸りて、枯木も常に春なり」

とあり、別の面に当寺の由緒が刻んである。 
 
Img_1141 Img_1102_2

 

応援のポチッのご協力お願いします。

« 熊野の長藤(2)遍照山西法寺跡 | トップページ | 俊寛の碑 »

源義家」カテゴリの記事

コメント

東京都荒川区南千住にある源義家ゆかりの円通寺は素晴らしい寺ですね!

四方さん、コメントありがとうございました。

ここは、別の目的で訪ねたのですが、源氏にも関わりと知って
この記事を書くことにしました。
寺社の歴史を調べると、意外なところに繋がりがありますね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 熊野の長藤(2)遍照山西法寺跡 | トップページ | 俊寛の碑 »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ