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2018年8月

源頼朝ゆかりの田端八幡神社

東京都北区田端二丁目に鎮座する田端八幡神社
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祭神は品陀和気命(応神天皇)
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1189(文治5)年、源頼朝が、この地の豪族・豊島氏らと共に奥州藤原氏を平定し、その帰路に駐留したあかしとして、鎌倉八幡宮を勧請、祭祀を起こし、郷土の鎮守とした神社です。
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この八幡神社は、田端村の鎮守として崇拝された神社で、品陀和気命(応神天皇)を祭神をしています。神社の伝承によれば、文治5年(1189)源頼朝が奥州征伐を終えて凱旋するときに鶴岡八幡宮を勧請して創建されたものとされています。別当寺は東覚寺でした。
 現在東覚寺の不動堂の前にたっている一対の仁王像(赤紙仁王)は、明治元年(1867)の神仏分離令の発令によって現在地へ移されるまでは、この神社の参道入口に立っていました。江戸時代には門が閉ざされていて、参詣者が本殿前まで進んで参拝することはできなかったらしく、仁王像のところから参拝するのが通例だったようです。
 参道の中程、一の鳥居の手前には石橋が埋められています。これは昭和初期の改修工事によって暗渠となった谷田川に架かっていたもので、記念保存のためにここへ移されました。
 社殿は何度も火災等に遭い、焼失と再建を繰り返しましたが、平成4年(1992)二)に氏子たちの協力のもとで再建され、翌年5月に遷座祭が行われました。境内には、稲荷社のほかに田端冨士三峯講が奉祀する冨士浅間社と三峰社があり、冨士浅間社では毎年2月20日に「冨士講の初拝み」として祭事が行われています。(平成9年3月 東京都北区教育委員会)
 
富士浅間社                             稲荷社
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源氏ゆかりの王子稲荷神社

王子稲荷神社は、東京都北区岸町にある神社で、東国三十三国稲荷総司との伝承を持ち、落語『王子の狐』でも有名です。
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古くは岸稲荷と号していました。
『新編武蔵風土記稿』巻之十八の豊島郡之十 によれば、荒川流域が広かった頃、その岸に鎮座した事から名付けられました。
康平年間(1058~1065年)に源頼義により「関東稲荷総司」の称号を得ています。
治承4年(1180)には源頼朝源義家の腹巻や薙刀等を奉納したとされています。
また、小田原北条氏の崇敬も篤く、江戸時代には王子神社とともに徳川将軍家祈願所の一つに指定されています。
現在の社殿は1822(文政5)年十一代将軍・家斉により寄進されたものです。
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落語「王子の狐」の舞台でもあり、大晦日から元旦にかけて行われる「王子狐の行列」の祭事でも知られています。
市杵島神社(弁天様)
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柴田是真の「額面著色鬼女図」
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天保11年(1840)、江戸の住吉明徳講(東京砂糖元売商組合の祖)が柴田是真に委嘱して、業界の守護神と崇拝するこの王子稲荷に奉納した傑作図です。
この稲荷社の創建は明らかではありませんが、治水4年(1180)源頼朝が八幡太郎義家の腹巻・刀等を寄進したと伝えられています。稲荷社のうちでも関東総社と呼ばれるほどの格式をもち、江戸市民の厚い信仰を集めました。社殿は寛永11年(1634)、元禄16年(1703)と造営され、現在の社殿は文化5年(1808)は造営されたものです。
(北区飛鳥山博物館HPより)




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