鞍馬寺(25)由岐神社 鳥居~割拝殿
由岐神社の祭神の「靫明神」は、天慶3年(940)天慶の乱が起きたので朱雀天皇の勅により、鞍馬寺に遷宮し、北方鎮護を仰せつかった鎮守社です。
鞍馬の火祭は、そのときに里人がかがり火を持って神霊を迎えたことによるものだと伝えられています。
由岐神社
大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀る。
天変地異が続く都を鎮めるため、天慶3年(940)、御所内に祀られていた祭神をこの地に勧請したのが当社の始めとされ、天皇の御病気や世上騒擾のとき、社前に靭(ゆぎ)(矢を入れる器具)を奉納して平安を祈ったため靭社の名がつき、後に現在の社名となったとも伝えられている。
重要文化財の拝殿は、慶長12年(1607)、豊臣秀頼によって再建されたもので、中央に通路(石階段)をとって二室に分けた割拝殿という珍しい桃山建築で、前方は鞍馬山の斜面に沿って建てられた舞台造(懸造)となっている。このほか、本殿脇の石造の狛犬一対も重要文化財に指定されている。
京都三大奇祭の一つとして有名な「鞍馬の火祭」は当社の例祭で、毎年10月22日夜に行われる。祭神勧請の際、篝火を焚いてお迎えしたという故事にちなんで、氏子らが大小様々の松明をかついで鞍馬街道から参詣するため、一面火の海となって壮観を極める。
京都市
拝殿(割拝殿)
慶長12年(1607年)に豊臣秀頼により再建されました。
割拝殿形式の桃山建築で、重要文化財に指定されています。
拝殿側から見た鳥居
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