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2021年2月17日 (水)

源実朝の後室・坊門信子ゆかりの本覚寺

京都市下京区富小路通五条下る本塩竈町ある本覚寺は、源実朝の後室・坊門信子(ぼうもんのぶこ)が貞応元年(1222)に創建したもので、寺名は信子の法名本覚をとったもの。

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本覚寺は、光源氏のモデルとなった源融の邸宅・河原院の跡地にあります 。

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山号を佛性山(ぶっしょうざん)といい浄土宗の寺で、開祖は團譽(だんよ)上人玉翁(ぎょくおう)和尚である。ここは嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)の河原院塩竃(しおがま)の第(だい)のあったところで、今この辺を本塩竃町という。寺伝によれば、初め西八条の遍照心院(1名、大通院)内に将軍源実朝(さねとも)の後室・坊門信子(ぼうもんのぶこ)が貞応元年(1222)に創建したもので寺名は信子の法名本覚をとったものである。その後、梅小路堀川に移転し、応仁の乱の荒廃のあと細川政元により高辻烏丸に再建せられ、末寺14を有する本山となった。その後、後柏原天皇の勅願寺となったが、天正19年(1591)豊臣秀吉の命によってさらに今の地に移った。境内墓地には八文字屋本の全盛期を築いた江戸中期の版元・八文字屋自笑(じしょう)の墓がある。下京区富小路通五条下る本塩竈町

 

 

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コメント

源実朝の後室・坊門信子ゆかりの本覚寺の見事な記事ですjね!

四方さん、ありがとうございましたm(__)m

2015年にも訪ねていました(;'∀')

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