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2023年11月25日 (土)

北条義時ゆかりの秋の覚園寺

鎌倉の覚園寺は、建保6年(1218)、北条義時が 十二神将の戌神将のお告げにより建てた大蔵薬師堂が前身のお寺です。

承久元年(1219年)正月27日、鶴岡八幡宮での右大臣拝賀の際に、将軍・源実朝源頼家の子公暁によって暗殺される事件が起こり、源氏の正統が断絶。義時はこの時実朝のすぐ側にはいなかった。

『吾妻鏡』では、義時は実朝の脇で御剣役(太刀持ち)の予定だったが、当日白い犬をみたところ急に体調不良となり、源仲章と交代して自邸に戻り、結果として源仲章は実朝と一緒に暗殺され、義時は生き延びた。義時は前年大倉薬師堂を建立しており、前年には夢で薬師堂の戌神から実朝の伴をしないようにと告げられており、白い犬も戌神の使いであったとしている。
(Wikipediaより)

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1296(永仁4)年、第9代執権・北条貞時が元寇を退けることを祈って寺に改め、​心慧上人を開山として覚園寺を創建しました。

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愛染堂
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覚園寺

建保6年(1218年)、2代執権、「北条義時」が戌神将のお告げにより建てた薬師堂が前身です。
その後9代執権、「北条貞時」が元寇が再び起こらぬことを願い、「覚園寺」を戒律を中心とした四宗(真言、天台、禅、浄土)養学道場に改めました。
本堂の薬師三尊座像と十二神将像は鎌倉屈指の尊像です。
奥深い境内は静寂としていて、古都鎌倉の面影を良く残しています。
地蔵堂の黒地蔵尊の縁日(八月十八日)には、多くの参拝者が訪れます。


IMG_5643 覚園寺

ここからは、撮影禁止となっています。

IMG_5631 覚園寺

本堂には、三代将軍・源実朝の暗殺事件に居合わせた義時を救った縁起を受け継ぐ戌神将像が祀られています。

撮影:2022年11月

 

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