応声教院
応声教院(おうしょうきょういん)は、斉衡2年(855)勅願により円仁が創建したとされています。
承安5年(1175)法然が浄土宗に改め、法然の師である皇円の菩提をこの寺で弔ったと伝えられています。
この山門は、もとは徳川秀忠が母・於愛の方(西郷局)の菩提を弔うため、寛永3年(1626)に静岡市常盤町の宝台院の山門として築造された大門でした。
大正4年(1915)に応声教院が譲り受け、大正7年(1918)に応声教院に移築されました。
寺院の八脚門は側面を2間とするのが通例ですが、この門は側面を1間とし、太い角柱上に冠木を渡し、軒の出を腕木で支えるなど、城門に近い構造となっており、国重要文化財に指定されています。
桃山時代の上品な雰囲気が漂う切妻造、本瓦葺八脚門で、東海第一の山門と呼ばれています。(菊川市HP、応声教院参照)
日本に只一つ純金銀が鋳込まれている銘梵鐘と鐘楼堂
梵鐘の阿闍梨大龍の両眼には純金の指輪、爪と牙には純銀が鋳込まれているそうです。
なんでカエルの像が?(゚Д゚)と思ったら・・・
参拝者を迎えるカエルの像
「心からお六蛙(むかえ)しています」
参拝者を送るカエルの像
「お気をつけてお蛙(かえ)りください」
ということだそうです(^0^;)
本堂
この時本堂はあいにく修復中でした(;O;)
菊川在住の友人が、修復前の画像を送ってくれました。
2017年の本堂
2022年の本堂
(本堂の画像提供:葵 北風)
愛染明王堂
大師堂
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