嵯峨天皇

2017年6月30日 (金)

高野山を訪ねて(20)奥之院 棺掛桜

弘法大師入定7年後の承和9年(842)、嵯峨天皇が崩御され、御棺を京都の嵯峨野に安置したところ、高野山から天人が降りてきて、御棺を担いで高野山の壇上伽藍近くの山上に奉安しました。

弘法大師が禅定からお出ましになり、弟子たちとともに天皇を荼毘に付し、その御骨を覚鑁坂の西に納め、桜を植えたと伝えられています。
この桜が棺掛桜呼ばれています。
 
Img_2320 Img_23202

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ

2013年9月16日 (月)

離宮八幡宮

JR東海道線「山崎駅」から南西に徒歩約2、3分の所に離宮八幡宮があります。

惣門

Img_3684_b Img_3682_b

石清水八幡宮の元社にあたる神社で、八幡大神を祭神とします。

Img_3668_b

貞観元年(859年)大安寺の僧行教が、豊前国(大分県)宇佐神宮に参詣した際、「私を都に近い男山の峯に移し祀れば、国家を守護しよう」との神託を受けました。帰京した行教が山崎の津で夜の山に霊光を見て、その地を掘ってみると湧き水が出たため、清和天皇の勅命によりその地に石清水八幡宮が建立されました。

その後、嵯峨天皇の離宮「河陽(かや)離宮」跡であったことから、離宮八幡宮となりました。

Img_3681_b

また、石清水八幡宮の内殿に灯油を奉納したことから、油座の本所として栄えました。

Img_3670_b Img_3680_b

貞観年間に、荏胡麻(えごま)油の製造が始まったことから、日本における製油発祥地とされ、その後、荏胡麻油の販売権を独占し、江戸時代まで栄えました。

しかし、幕末の禁門の変の際、長州藩の屯所が山崎にあったため、会津藩に攻撃を受け焼失しました。現在の社殿は、昭和になってからの再建です。

拝殿・本殿

Img_3671_b Img_3672_b

Img_3673_c Img_3674_b Img_3675_b Img_3676_b

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ

その他のカテゴリー

イベント 三浦義村 丹後局 亀井六郎 京菓子 仁田忠常 今井兼平 今若(全成) 伊東祐親 伊東祐隆 佐竹義重 佐藤継信・忠信 俊寛 八条女院 八重姫 六代御前 北条政子 北条時房 北条時政 北条氏 北条泰時 北条義時 北条長時 千葉氏 土佐坊昌俊 堀河天皇 大姫 大庭景親 大河ドラマ展 安徳天皇 安達泰盛 富樫泰家 小督 尼御前 山吹御前 崇徳院 嵯峨天皇 巴御前 常盤御前 平宗盛 平康頼 平忠度 平忠盛 平敦盛 平時子(二位尼) 平時忠 平景清 平業盛 平清宗 平清盛 平盛俊 平知盛 平知章 平経正 平維盛 平親範 平道盛 平重盛 平重衡 平頼盛 建礼門院 弁慶 待賢門院 後嵯峨天皇 後白河天皇 後醍醐天皇 後鳥羽上皇 文覚上人 斉藤実盛 日蓮 曾我兄弟 木曽義仲 松尾芭蕉 梶原景季 梶原景時 比企氏 法然上人 浄瑠璃姫 清和天皇 渡辺綱 湛増 源実朝 源平グッズ 源朝長 源満仲 源為義 源範頼 源経基 源義光 源義家 源義朝 源義経 源頼信 源頼光 源頼家 源頼政 源頼朝 源頼義 滋賀のイベント・観光情報 滝口入道・横笛 熊谷直実 熊野御前 畠山重忠 白河天皇 祇園祭 祇王・祇女・仏御前 美福門院 義経ゆかりの地を訪ねて 藤原師長 藤原秀衡 袈裟御前 西行 近江路・歴女ブロガーの旅紀行 近衛天皇 那須与一 金売り吉次 長田忠致 阿古屋 阿波内侍 静御前 順徳天皇 高倉天皇 鬼一法眼 鳥羽天皇

2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カテゴリー

無料ブログはココログ