祇園祭

2011年8月19日 (金)

祇園祭(6)橋弁慶山の授与品

私が購入した橋弁慶山の授与品の一部を紹介します。

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食べられる粽ではなく、疫病・災難よけのために玄関先に飾る粽です。


弁慶の力縄

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力縄は、弁慶のご神体人形の両手足のに巻きつけられています。
弁慶の勇敢な姿に肖り、心身ともに強健でありますようにという願いが込められています。

手ぬぐい

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五条橋で戦う弁慶と牛若の姿が描かれています。

絵はがき

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この他、扇子やゆかた(反物)、Tシャツなどもあります。

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2011年8月16日 (火)

祇園祭(5)鈴鹿山

鈴鹿山(すずかやま)

ご神体人形は鈴鹿権現。
瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)は、伊勢国鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治し、鈴鹿明神または鈴鹿権現ともいわれます。
長い鬘に金の烏帽子を被っているため、白拍子の静御前と思われ、「しづか山」と書いた記録もありますが、能の「巴御前」をモデルとしたと思われるそうです。

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2011年8月12日 (金)

祇園祭(4)浄妙山

浄妙山は、平家物語の宇治川の合戦から取材した山です。

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宇治川合戦は、源三位頼政が以仁王を奉じて平家打倒の企てを起こしましたが、露見してしまい、以仁王は三井寺に入り、頼政は宇治の平等院に逃げ込み、平知盛らと戦います。挙兵は失敗に終わったものの、これが頼朝や木曽義仲の挙兵に繋がりました。

治承4年(1180年)宇治川の合戦に三井寺の僧兵筒井浄妙(つついじょうみょう)が橋桁を渡り一番乗りをしようとすると、一来法師(いちきほうし)がその頭上を飛び越え「悪しゅう候、御免あれ」と前に進み出て先陣をとってしまったという。ご神体人形は一来法師が浄妙の頭上を飛び越える一瞬を表しています。
かつては、悪しゅう候山とも呼ばれていました。

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2011年8月 4日 (木)

祇園祭(3)巡行の日

山鉾巡行当日、各町では早朝から巡行に備えての作業が始まります。

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橋弁慶山でも、ご神体人形が展示されていた町家から山の上に移動

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橋弁慶山は、謡曲「橋弁慶」に取材した山で、舞台となった五条橋は、現在の松原橋で、天正年間に、秀吉が架けた橋に始まります。
室町時代には、毎年新しい趣向で出す山と、決まった形式の山とがあり、橋弁慶山は、趣向の決まった山として知られています。

山鉾一覧(2011年巡行順)

1、長刀鉾(くじ取らず) 2、霰天神山 3、孟宗山 4、芦刈山 5、函谷鉾(くじ取らず) 6、油天神山 7、四条傘鉾 8、保昌山 9、月鉾 10、太子山 11、占出山 12、木賊山 13、鶏鉾 14、伯牙山 15、綾傘鉾 16、郭巨山 17、菊水鉾 18、白楽天山 19、山伏山 20、蟷螂山 21、放下鉾(くじ取らず) 22、岩戸山(くじ取らず) 23、船鉾(くじ取らず) 24、北観音山(くじ取らず) 25、橋弁慶山(くじ取らず) 26、八幡山 27、鯉山 28、役行者山 29、鈴鹿山 30、黒主山 31、淨妙山 32、南観音山(くじ取らず)

巡行の順番を決めるくじ取式で、くじを取らない山鉾は8基あり、橋弁慶山はそのひとつで、後祭の2番目に巡行します。

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山を引く人たちの中には、外国人の姿も

この日は、猛暑日で、場所取りのために朝早くから並んでいたので

大変でしたが、近くで、牛若&弁慶の勇姿を見られて幸せでした

次は、平家物語にちなんだ山を紹介します。

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2011年7月29日 (金)

祇園祭(2)橋弁慶山の懸装品

次に橋弁慶山の懸装品を紹介します。

舁初めを終えた山は、ご神体人形や飾りを外し、町家に展示されます。

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橋弁慶山は、山といっても、真松も朱傘も立てません。これは、山を舞台として表現していた時代の名残だそうです。見送りもなく、八方正面として見ることができます。

金幣は、前後に二対、裏がなくすべてが正面であることを表しています。

五条橋は、黒漆塗りの反り橋で、欄干が左右4本ずつ親柱があり、擬宝珠(ぎぼし)がついています。

前懸は、富岡鉄斎「椿石図」綴錦

胴懸は、円山応挙下絵と伝わる葵祭を絵巻風に描写した「賀茂祭礼行列図」綴織で、牛車、近衛使、検非違使などの姿が描かれています。

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後懸は、大小の龍と瑞雲岩波刺繍。

裾幕は、紺地に芦、波、蛇籠と白抜模様で、鴨川を表しています。

次回は、いよいよ巡行の模様をお伝えします。

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2011年7月23日 (土)

祇園祭(1)橋弁慶山の山建て

先週、初の祇園祭に出かけて来ました。

10~13日は、各町で山鉾建てがスタート。

釘は1本も使わず、縄だけで結い合わせる「縄がらみ」という伝統手法で組立てられます。

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私が組立てをじっと見守ったのが、この橋弁慶山です。

何といっても、牛若と弁慶がご神体人形ですからね

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ぜひそのお姿を見なければ!と組立開始の朝8時半に間に合うように行きました。

牛若の人形は、約120cm。頭と両手はヒノキ材。眉は、八文字眉。

右手に太刀を持ち、左足は、後ろに跳ね上げ、左足は、橋の擬宝珠の尖端に

足駄の前歯だけで立っています。

一方、弁慶は、頭がヒノキ材(なぜか色黒ww)、白の鉢巻を締め、

手首と足首に太い縄を巻きつけています。

手には長刀を持ち、五条の橋の上で、牛若と向かい合う体勢をとっています。

暑い中での作業にもかかわらず、人形の衣装を着せる方達と、山を組み立てる

人達との分業で、約2時間で完成

その後、11時から試行運転を兼ねた舁初めが行われました。

これが動き出すと結構速いのですよ。

ビデオで追うのが大変でした

次回は、懸装品の紹介です。

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